王様とお団子
天女様と王様の段
俺はこの五年間、善法寺先輩と食満先輩に対して特別な感情を抱いたことがなかった。一学年上の先輩であり、保健委員長と用具委員長。接点はほとんどなかった。
何事もなかったかのように戻る日常。五十嵐は善法寺先輩と食満先輩と一緒にいた。
今までは気にならなかった。鉢屋と不破と竹谷と一緒にいた五十嵐が二人と一緒にいようとも、何かを感じることはなかった。
ただ、何故か気に障った。何事もなかったかのように、五十嵐と一緒にいる先輩を見ていて、酷く不愉快だった。
菅井の件も、五十嵐が決着をつけたことも知らない。そして、五十嵐に暴力を振るったことも覚えていない。五十嵐もまるでそんなことがなかったかのように過ごしている。
五十嵐の怪我の原因も、善法寺先輩にあるというのに、保健室にいた善法寺先輩は、まるで五十嵐が不注意で怪我をしたかのように叱りつけた。勿論、五十嵐も黙ってはいなかったが、事実を言うことはなかった。
言いたかった。あなたが傷つけたんですよ、と。ただ、五十嵐が言わずに俺が言うのはおかしい。だから、黙っていた。我慢していた。
「……食満先輩と善法寺先輩だけは覚えました。もう二度と忘れません」
名前と顔を一致させるのが酷く苦手だった諏訪の言葉が何度も頭の中を流れた。
実技の授業から帰ってくると、部屋の前に包みが置いてあった。尾浜勘右衛門殿、と書かれた包み紙に書かれた字は、くのたまのものではない。同学年や一学年上のくのたまの字は全て覚えている。
覚えざるを得なかったともいう。
紙袋を開けると、中には団子が入っていた。食べて良いのだろうか、と思って団子を眺めていると、後ろから声をかけられた。
「尾浜、それは五十嵐からの貰ったのか?」
釣り眼で目つきは悪いのだが、気さくな食満先輩。ただ、その先輩らしい、本来なら好感を覚えるはずの声に、俺は思わず表情を歪めそうになった。
「そうなんですか? 部屋に置いてあったんですけど」
いつものように笑顔を浮かべてそう返す。
「いや、知らんが、その包みは五十嵐が気に入っている甘味屋のやつだったからな」
そんな馬鹿な、と俺は思った。
保健室に連れて行っても、お礼一つ言っただけで、俺の方を見向きもしなかった五十嵐が、俺に何かを持ってくるはずがない。
「待てよ。おかしいな。五十嵐は団子はあまり買わない」
しかし、先輩は包みの中の団子を見るなりそう言った。
「五十嵐怒っていましたから、雷蔵とか八左ヱ門かも……」
今日はろ組が校外で実習だったはずだ。それ以外に深い意味をこめたわけではない。
「まだごちゃごちゃやってんのか?」
呆れたように笑われる。それが酷く腹立たしかった。しかし、それを悟られるのはさらに不快だ。俺は笑顔を崩さないように頬に力を入れた。
そのせいか、食満先輩は俺の苛立ちに全く気付いていないらしい。
「お前、饅頭よりも団子の方が好きか?」
食満先輩は何かを思い出したかのように言った。はい、と答えると先輩はにやりと笑った。
「じゃあ、五十嵐だろ。あいつはどうでも良いところばっかり見ているからな。うちの後輩の好きな甘味なんか把握している時は驚いた。何か思い当たることがあるだろう」
五十嵐と一緒に甘味を食べたことなど皆無にも等しかった。ただ、諏訪の部屋で食べたことを思い出す。俺に甘味を食われまいと、必死に俺を追い出そうとしているように見えた。
俺が何を選んでいたのかなんていうことを見ていいたとは思えなかった。ただ、先輩の言葉は妙に説得力があった。
「ないわけではありません」
そう答えると、食満先輩は、決定だなと笑った。
「くだくだしているっていって悪かったな。気にするな」
ひやりとした。ばれていたのか、と。しかし、不思議と怒りはわいてこなくなっていた。申し訳なさそうな顔をされると、むしろ居心地が悪くなる。
六年生も似たようなものだからな、と食満先輩は続けた。善法寺先輩のことなんだろうということはすぐに分かった。六年い組の先輩と善法寺先輩の間にある何かは、五年生の俺でも知っていた。
合同演習での五十嵐の言葉が決定打だった。
「あと、一つ。どんなお人好しでも、嫌いな奴の好みなんて見ねぇよ」
それだけ言って、食満先輩は廊下の向こうへ歩いて行った。俺は肩の力が抜けていくのを感じた。
包みから団子を一つ取る。白い団子が三つ、串に刺さっている。思いきってはむっと口の中に含むと、ほんのりと甘い味がした。