怒りの天女は不幸を望む

天女様と王様の段


 今でも覚えている。六年生の善法寺伊作先輩の妹。あとになって知ったが、彼女のような原作に登場しない女のことを傍観主というらしい。
「あんたは全てを滅茶苦茶にしてくれたからね」
 善法寺伊勢は私を忍び刀で貫いた。あの痛みは忘れない。二度と忘れない。
 私は善法寺伊勢への復讐を考えた。そして、漸く方法を見つけた。
 諏訪司。善法寺伊勢の親友になることになる気弱な少女。きっと伊勢は彼女を殺せない。彼女は伊勢を好いていた。
 そして、彼女のような気弱な少女ならば、脅せば伊勢を殺すだろう。
 私はそう思っていた。


 五十嵐、五十嵐と強く名前を呼ぶと、五十嵐は目を覚ました。
「どういうことだ」
 本当なら身体の手当てをしたい。しかし、それどころじゃない。体よりも精神が参っていることは火を見るよりも明らかだった。
「私が殺したんだよ。最初の天女様を」
 五十嵐は視点の合わない目でそう言った。
「最初って……」
 諏訪司のような女が他にいたのだろうか。俺には記憶がない。
「私は妖の類じゃないかなぁ、と思っている」
 五十嵐の言葉が思い浮かんだ。まさか、と思うがそう考えるのが一番自然だった。まさか、学園の人々は本当におかしくなっていて、これが二回目なのだろうか。
 そして、前回では俺も巻き込まれていて、妖が消えると俺たちの記憶も消えると言うことなのだろうか。
「その世界には尾浜はいなかった」
 しかし、その考えも五十嵐の言葉でひっくり返された。俺がいないなんてことはあり得ない。
「私はその天女様を殺した」
「目を覚ませ」
 夢にしては現実的で、幻術にしては不自然だった。ただ、俺がいない世界だなんてありえなくて、五十嵐の気が狂ったとしか考えられなかった。
「だから、あの子は私を怨んで、菅井紫音は私を怨んで、諏訪に復讐をさせようとしたんだ」
 菅井紫音。
 聞いたことのない名前だった。気が狂った時に、こんなにはっきりと個人の名前が出てくることがあるだろうか。
「おい、どこに……」
 ふらふらと歩き始めた五十嵐の背にそう言うと、五十嵐は振り返った。
「自分の部屋だよ」
 焦点の合っていない眼に、僅かに開いた口、足を引き摺るそいつを俺は止められなかった。焦点の合っていない眼は、涙を溜めたまま不快そうに細められていて、明らかに俺を拒否していた。
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