静の天女は女傑となる

天女様と王様の段


 訪問者が誰なのかは分かっていた。俺は兵助に気付かれないように布団を抜け出し、廊下に出る。
「……尾浜さん、ですよね?」
 背後から近づき喉元に苦無を当てると、彼女は驚きも振り返りもせずに動きを止めてそう尋ねた。
「こうなることも分かってなの?」
「はい……五十嵐にはあなたに近づかないこと、決して単独行動をとらないことをきつく約束させられています」
 消え入りそうな声だったが、静かな廊下では十分だった。何も考えていないわけではないらしい。
「五十嵐は私のために命を懸けると言ってくれました……それならば、私も五十嵐のために命を懸けます。それが筋でしょう」
 そう言って彼女は口角を僅かに上げた。無理矢理作ったような強張った微笑は、俺を牽制しようとしているようだった。
 隠し切れていない感情、義理堅い性格。それは、どこか五十嵐と通じるものがあった。
「馬鹿馬鹿しくなってきた」
 俺は突きつけていた苦無を離して、息を吐く。五十嵐といい、この諏訪といい、まるで俺が極悪非道な敵のような言いようだ。
「俺もお前に聞きたいことが山ほどあるんだ。知ってること全部話せ」



 中在家先輩ほどではないが、ぼそぼそと喋る諏訪の言葉を聞きとるのは大変だった。
「整理しよう。一つ、お前をつれてきたのは菅井という神様のような女。二つ、お前はこことは異なる世から来た。三つ、菅井は五十嵐をお前に殺させようとしている。四つ、菅井は俺が認識できていない。五つ、俺とお前がいなくて、菅井がいる忍術学園が存在した」
 諏訪の見た幻影の話や、菅井の話、五十嵐の言葉を合わせた結果、信じられないような奇奇怪怪なことが浮かんできた。ある意味、話を聞いたのが俺で良かったな、と思った。もし優秀だが頭の固い久々知だったら、話にならなかっただろう。
「あと、お前と俺以外の忍術学園の奴らがいた忍術学園で、五十嵐が菅井を殺して菅井はそれを恨みに思って祟り神のような存在になった、ということが推測できる」
 俺は推測と言ったが、ほとんど確信に近い。確信するしかなかった。
 そして、俺と諏訪はこの中で唯一、菅井の計算外の動きをしている。
「菅井を追い詰める。そして、お前を元の世に返すよ」
 菅井と諏訪を殺したとしても、この状態が続く可能性もある。それは困るのだ。諏訪が死んだとしても、拗れた人間関係は元には戻らない。むしろ、悪化する可能性もある。
 祟り神を殺せるかという疑問もあるが、俺は菅井が諏訪一人の時にしか出てこないことが気になっていた。菅井が俺たちを警戒しているのは間違いない。おそらく、菅井は簡単に始末できる、と俺は踏んでいた。
「最後に始末することになると思いますが、できれば、五十嵐に見られないようにお願いします」
 諏訪の言葉に思わず俺は何故かと問うた。
「あの人は菅井様の死を悲しむでしょう。彼女を祟り神にしてしまった自分を責めるでしょう。あの人は、菅井様のことも、私のことも、善法寺さんと食満さんのことも、全てに責任を感じています」
 その言葉に五十嵐を思い出した。五十嵐は食満先輩と善法寺先輩が変わり果てていたことを知っていた。そのぐらいで屈するような奴じゃない。
 五十嵐は菅井を殺したことに責任を感じていた。
「お前はどう思う?」
 ただの興味だった。ぼそぼそと喋るこの気弱そうな少女が、五十嵐を心配しているのも気になった。人の死を受け止めることができないようなこの弱い少女が、女と雖も忍たま五年生の五十嵐の良心を心配するのは酷く不自然だった。
「恨み、憎しみ、祟り神にもなって、これだけ多くの人を巻き込んで、人を傷つけるような下種に、かける慈悲など欠片も持ち合わせておりません。五十嵐は悪くありません。悪いのは菅井様です」
 諏訪の声は緊張したような掠れ声だった。勢いではなく、絞り出したように途切れ途切れ呟く。それは見栄など欠片もない本心であることの証明になる。
 ここまで思いきれる人間もそういない。
 おい、五十嵐、お前はとんでもない化け物を手懐けたな、と強張った顔で俺を見る少女を見て思った。
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