転〜善法寺兄妹〜

いろは対抗戦の段


 朝早くに単独行動に出た二年生が見つからない。俺と兵助は二年生を探すのを諦めて、一度ろ組とは組が戦っていた場所に近い高台に戻った。そこには、眠らされた先輩と後輩がいた。
 想定していたはずの霞扇の術。確かに全員防毒布をつけている。しかし、全員眠らされている。俺は納得した。使われたのは、おそらく防毒布がきかない薬だ。五十嵐敬助の作戦会議は俺たちに聞かれていることを前提にしたものだったのだろう。
 俺はろ組とは組の戦線を見た。善法寺先輩がいない。俺たちは頷き合った。大将は倒れたから、い組が勝つことはない。しかし、巻物は俺が持っている。この巻物だけでも守りきらなければいけない。
「い組じゃん」
「五十嵐、一人なのか?」
 ふらりと現れたの忍たまは俺たちと同じ青紫の制服を着ていた。人の悪そうな笑みを浮かべて立っている。しかし、俺は気付いた。
「違う。この人は、五十嵐じゃない」
「手を見ろ、兵助」
 手が五十嵐敬助、いや、善法寺伊勢のものではなかった。五十嵐の指は細く長く、手の形が全体的に滑らかだ。しかし、目の前の忍たまの手は、骨ばっていて、明らかに男の手だ。
 三郎でもない。三郎はもう少し体格が良い。
「善法寺先輩ですか?」
「正解」
 善法寺先輩は五十嵐が決して浮かべないような穏やかな笑みを浮かべていた。髪型と服をいじるだけで、どちらか分からなくなるとは流石兄妹だ。
「霞扇は使えませんよね」
 い組を倒したのは善法寺先輩とみて間違いがないだろう。五十嵐には不可能だ。そうなると、もう薬はほとんど使い切っているはずだ。
「そうだね」
 俺と兵助は善法寺先輩に向かって苦無をつきつけた、はずだった。善法寺先輩はふらりと身をかわした。かわされた、と思った時には遅かった。苦無を握った手首を強い力で握られる。
 不味い、と思うよりも先に利き手の手首に激痛が走った。
「兵助、大丈夫か」
 俺の方を振り返った兵助の背後に、善法寺先輩の影が入る。危ない、と叫んだ時には、兵助はわき腹に緑色の足が飛んだ。兵助が痛みを隠さず声を上げた。俺は兵助の方へ移動しようとしたが、足をひっかけられる。
 転び地面にたたきつけられると同時に、背中に重みが乗った。もがくよりも先に、足に激痛が走った。あまりの痛みに、重みが減ったのも分からなかった。
 痛みに耐えるような声がした。顔を上げると、少し離れたところに兵助が倒れていた。
 私は忘れてた。この人は六年生だ。不運なのに関わらず、六年間も残った。弱いはずがない。武闘派じゃないとはいえ、それは六年生の中での話だ。
 比較的遠距離武器を得意とする者の六年生の中では、発揮されない体術の才能。
「関節捻ってあるから、全てが終わったらすぐに保健委員呼びなよ」
「でも、巻物は貰っていくんですね」
 俺の懐から巻物を取った先輩はニイッと歯を出して笑い、私たちの頭を撫でた。
「流石に小平太からは奪えないからね。それに、ちゃんととって来ないと敬助だけじゃなくて留三郎も怒るだろうからさ」
 留三郎、怒ると迫力あるんだよねー、なんと軽く続けながら、先輩は立ち去ってしまった。
「合同実習の時、五十嵐は善法寺先輩に勝ったんだよな」
 兵助が尋ねた。
「五十嵐相手では、本気が出せなかったんじゃないか?」
 善法寺先輩の戦い方はあとで治療を必要とするものが多い。霞扇も極技もえぐい。正直、今死ぬほど痛いです、善法寺先輩。
「いつも本気出してないのかなぁ」
 そう呟くと、兵助は顎に手をやった。
「逆に、何故善法寺先輩は本気を出しているんだろう」
 兵助の疑問は尤もだった。成績にも入らないような対抗戦。しかも、賞品は食堂一週間の無料券だけだ。それだけのために、実習でさえ本気を出さない先輩が、えげつない手を使うだろうか。
「五十嵐は関わっているだろうね」
 入れ替わるなんていう作戦を立てたのは間違いなく五十嵐だ。一年生を危険な目に遭わせてまで、彼女は何をしたかったのだろうか。
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