三年ろ組とは組の巻物

いろは対抗戦の段


 朝食後、薬草を取りに行ってくると言って出て行った善法寺先輩を探して、俺たちは走っていた。こういうのは乱太郎の方が向いていると思ったが、五十嵐先輩が俺と時友先輩を指名したため、俺はそれに従った。
 俺としても思い当たることがあった。
「善法寺先輩、と富松先輩?」
 先輩が言い残したところに来てみると、富松先輩を縄で枝に括りつけている善法寺先輩がいた。神埼先輩と次屋先輩を探しに来た富松先輩を見つけたのだ ろう。
 不運不運と呼ばれるが、流石六年生と言ったところか、ところどころ泥だらけの富松先輩と比べ、善法寺先輩はまるで戦ってなどいないかのような状態だ。
「時友、きり丸、どうしたの?」
「ろ組と接触してしまいました。食満先輩と五十嵐先輩が中在家先輩と七松先輩を食い止めています」
 俺がそう言うと、善法寺先輩は思いのほか冷静に尋ねた。
「時友、ろ組には誰がいた?」
「中在家先輩、七松先輩、竹谷先輩、不破先輩はいました」
 時友先輩はいつものぼんやりした顔のまま、はっきりと言った。焦っている俺と違い、時友先輩は落ち着いていた。
「神崎と次屋を探すよ」
 富松先輩が単独行動をしていて、俺たちが接触したろ組に二人がいなかったからだろうか、先輩はそう言った。
「善法寺先輩、みんなと合流しなくても良いんですか?」
「大将と巻物は別々のところにあるべきだろう?」
 俺は一瞬、善法寺先輩の意図を掴めなかった。しかし、善法寺先輩が富松先輩を目配せした時、俺は先輩の意図していることが分かった。
 一昨日の夜の善法寺先輩を思い出す。
「てっきりお持ちなのは五十嵐先輩だと……」
 俺は何食わぬ顔で続けた。時友先輩が怪訝そうな顔をした。
 は組の巻物の在処は知らされていない。
「今回、は組上級生は全力でやっているんだよ」
 善法寺先輩は、頑張ろうね、と微笑んだ。すると、富松先輩がにやりと口元を歪めて笑った。
「先輩、お気をつけてくださいね。三年ろ組は武闘派揃いなんですから、なめてかかったらやられますよ」
 富松先輩の言葉だけを拾えば、それは負け惜しみのようだが、俺にはそうは見えなかった。同級生に対する信頼と自信。
「分かっているよ。三年ろ組のそういうところ、大好きだよ」
 善法寺先輩は緩やかに笑いながら、富松先輩に近づいた。そして、富松先輩に何かを囁いた、ように見えた。
 行こうか、きり丸、時友、と笑みを浮かべて振り返った先輩に、それは訊けなかった。
「きり丸にしておいて良かったよ。この年でこれだけ上手く嘘をつける子はなかなかいない」
 こんなことを囁かれたからかもしれない。
「褒めても何も出ませんよ」
 俺は笑って先輩について走りだした。


 一人になった富松は囁かれた言葉を思い出した。
「委員会対抗戦、期待しているよ、用具委員会……なんて、保健委員長が委員会対抗戦やるなんて知っているはずがないじゃないですか」
 知っているとしたら、学園長に一番近いと言われる人物しかいない。
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