善法寺兄妹

いろは対抗戦の段


 勝ったのはは組だった。きり丸に食堂のタダ券を渡すための壮大な計画だったらしい。それだけのためと言ったらそれだけのためだが、それに全力をかけるのがは組だ。
 五十嵐はやっぱり善法寺先輩や食満先輩と笑っていた。それは決して不自然なことではないが、気に入らなかった。
 落ち着いてから、医務室に行くと、善法寺先輩がひとりでお茶を飲んでいた。五十嵐の手当ては終わったらしい。私を見るなり、先輩は包帯を使って手当てを始めた。
 縫う必要はなくて良かったね、と微笑みながら手当てをする先輩に私は尋ねた。
「あの、善法寺先輩、怒っしゃいませんか?」
 包帯を巻く時に先輩は意味もなく強く締めている気がした。勿論、仕上がりは全く問題ないのだが、その過程で締めつけられたのだ。さすがにここまで締め付ける必要はないだろうと思う程度には痛かった。
「鉢屋、思いっきり伊勢を斬ったよね」
 善法寺先輩は質問に答えない。
「善法寺先輩のところの伊勢ちゃんの方が容赦なかったですけどね」
「うん、伊勢は容赦ないよね」
 善法寺先輩はにこにこと笑いながらも私の腕を離さい。この兄妹、笑えない、そう思った時だった。
「冗談だから、そんなに引かないでよ」
 善法寺先輩は悪戯っぽくニィッと歯を出して笑った。
「後輩をからかうのもやめて貰えます?」
 騙されたことに嫌悪感は抱いたが、こんな表情もするんだ、という驚きの方が多かった。この表情はよく知っている。食満先輩や敬助がよくする表情。
 気に入らない。
「鉢屋、伊勢とこれからも仲良くしてくれるかな?」
「何をおっしゃるのですか、善法寺先輩」
 馬鹿にしているのかこの人は。五年間、敬助と一緒にいたのは私たち五年生だ。
「五十嵐敬助は五年生ですよ」
 睨みつけるかのように善法寺先輩を見ていると、先輩は表情を緩めた。
「ありがとう。安心したよ」
 善法寺先輩は包帯を片付けながら声を出して笑う。何がそんなに楽しいのだろう。
「もう、本当に頑固な妹でね。尾浜や久々知だけじゃなくて、いつも振り回されている君や不破や竹谷にも申し訳ないよ。同学年っていうのが難しいのは分かるけど」
「難しい、ですか?」
 先輩の苦笑と、難しい、という言葉が引っかかった。



 悪戯好きで性質が悪くて生意気だと言われる鉢屋だけど、私は悪い印象を持ってなかった。五年の中では最も伊勢と仲が良い。成績不振で自分勝手なところがある伊勢が学級委員を続けられるのも鉢屋のおかげだと思っている。
 私から見れば、伊勢は鉢屋に迷惑ばかりかけていて、鉢屋がしょうがなく付き合っているように見えたけど、それは違ったらしい。ムキになっている鉢屋を見て、可愛い後輩だと思うと同時に、本当に安心した。五年生はきっと仲良くできるだろう。これだけ鉢屋がそれを望んでいて、それが叶わないはずがない。
 問題は私だ。
「後輩に言うのもなんだけど、六年生もあんまりね。私も君たち後輩や、留三郎くらいには悪戯できるけど、文次郎や仙蔵とはあんまり仲良くないからさ。私が悪いんだけどね」
 そう言うと、鉢屋はそうですか、と相槌を打った。そこで余計なことを言ってこないところが鉢屋らしい。
「本当、伊勢は忍者になんかならないで、どこか嫁に行ってくれたら良いんだけど」
「無理でしょう」
 天井を仰いで呟くと、鉢屋は即答した。
「先輩は後ろ姿ばかり見ているから分からないでしょうが」
 鉢屋はにやりと口角を上げて笑う。前言撤回。生意気なのは確かだ。
「分かっているよ」
 知らないはずがない。
「そんなこと分かってる」
 ただ、心配なんだよ。


 伊作が文次郎と仙蔵に遠慮していることは知っていた。それが、六年生の抱える歪であることにも気付いていた。それは、文次郎と留三郎の間の諍いよりも大きいものだったのかもしれない。
 よく考えれば、今は似た者同士の扱いにしか見えない文次郎と留三郎の喧嘩も、きっかけは伊作だったんもしれない。医務室の前で偶然聞こえてきた会話を聞きながら、私は伊作にかけるべき言葉を考えた。
「長次、どうしたのかい?」
 鉢屋の入れ違いに医務室に入ると、伊作が笑顔で迎えてくれた。
「五十嵐が怪我をしてしまった」
 図書委員のきり丸のために、伊作の妹は怪我をした。それも、かなり酷い怪我だ。
「長次のおかげで、留三郎も伊勢も大したことないけがだったよ。だから、長次が謝ることじゃない。むしろ、僕たちが感謝しないとね。ありがとう」
 伊作は微笑んだ。腹の中で何を考えているか分からないようなな笑顔だが、伊作のことだ。何も考えていない。
 だからこそ、今の六年生がこのような状態になってるのだが。
「文次郎も仙蔵もお前のこと認めている。ただ、気づいていないだけだ」
 認めていないはずがない。六年間で一体何人の仲間が学園を去っただろう。最後の六人に残った伊作のことが認められないはずがない。
 ただ、伊作本人だけではなくて、文次郎や仙蔵も己が伊作を認めていることに気付いていないだけだ。
「長次、君は優しいね」
 伊作は慰められていると勘違いしているようだった。私は否定したかった。
「私は……」
 言葉がつまる。
 ただ、それが言葉に出せない。言葉を重ねれば重ねるほど、伊作の思いこみが強まるような気がした。
 微笑む伊作を前に立ちすくんでいると、大きな足音と共に扉が勢いよく開いた。
「伊作ー、食満先輩が大福くれたよ。は組のみんなはもう食べちゃったから、あとは私と伊作だけだって。四つあるから、鉢屋も一緒に食べるってさ。中在家先輩もどうですか?」
 空気を壊す、とはこのようなことを言うのだろう。
 困ったような表情の鉢屋の手を引き、満面の笑みで医務室に飛び込んできた五十嵐を見て、伊作の表情が緩んだ。
「そうだね、一緒に食べよう」
 困った兄妹だと留三郎が苦笑いをしていたのを思い出す。そんなことを考えていたからなのか、留三郎も医務室に入って来た。
「おい、五十嵐、ちゃんと反省してるのか?」
「反省してます、しています。すごくしています」
 ただ、留三郎はあの兄妹なら大丈夫だと言っていた。部屋に入って来たときは不満げだった鉢屋も、何故か途中から諦めたように笑っていて、留三郎の言葉を信じてみようか、と思ってしまった。
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