女装少年の霞扇の術

いろは対抗戦の段


 ろ組とは組が交戦しているのを見つけたのは、日が高く昇り始めた頃だった。群を抜く戦力を持つろ組を、は組は必死に止めていた。私たちはそれを少し離れた高台から見ていた。
「不破先輩、覚悟っ」
 一年は組の良い子たちが、苦無を持って不破に向かって襲いかかる。飛び道具は禁止しているようで、手裏剣を持っている者は誰もいない。不破は一年生を怪我させることもできず、そうかといって抑えきれる人数を超えた一年生をどうしようもできずに困っていた。
「食満先輩ー、一年生は一年生で戦わせましょうよー」
 悲鳴に近い言葉を敵方の大将である留三郎に向かって叫ぶ。
「不破、五月蝿ぇ。こっちは小平太と長次をなぁ……」
 しかし、留三郎はあっさりと提案を却下した。それもそのはずで、留三郎は小平太長次相手に防戦一方で、返事をする余裕がない。それも、長次が手加減をしているような状態だ。大体、この計画立案者は五十嵐敬助だろう。六年は組の二人は作戦を立てることを得手としていない。留三郎は五十嵐に従って動いているだけだ。
「竹谷君、待ってよー」
 斉藤が鋏を持って竹谷を追いかけている。崖の上では、石火矢を構える田村とそれを守る一年ろ組に、藤内と三反田が交戦している。
 善法寺伊作はいない。おそらく、ろ組の三年生か鉢屋を追っているのだろう。姿が見えない三年ろ組や鉢屋に不意をつかれたらは組は落ちる。
「大将と六年二人を交戦させるとは、流石アホのは組だな」
 隣にいる文次郎に向かって、そしてすぐ近くに潜んでいるあろう"誰か"に聞こえるように言う。
 すると、高い木の上から音なく、太い幹の上に影が降りた。
「それは当然だよ。だって、私が立案しているからね」
 紫の五年の制服に、癖のある黒い髪。伊作に貰ったというお気に入りの髪飾りは付けず、女装趣味の彼女にしては地味な格好。
「どういうつもりだ? 五十嵐」
 文次郎が尋ねる。
 は組本体から離れているこの場所で、たった一人い組の中にくるなどする、酔狂なことこの上ない。
「こんなにたくさんのい組相手に暴れられるなんてそんな機会滅多にないからね。一人で、それもこんなにたくさんのい組を潰せるなんてさぁ」
 ニィっと凶悪な笑みを浮かべ、木の上から私たちを見下ろす。その笑みに、一年い組の今福が小さな悲鳴を上げた。
 私は溜息を吐いた。今福は学級委員のはずだ。同じ委員会の後輩もいじめているのだろうか。呆れたものだ、と私は思った。
「五十嵐の得意武器は忍び刀だ。叩けば潰せる。一年も三四年で五十嵐を追い詰めろ」
 腰につけた忍び刀の鞘を見ながら、指示を出す。六年二人で抑えつけてもいいが、折角一年生や三四年生がいるのだ。みんなでかかった方が良い。むしろ、下級生に任せた方が良いかもしれないぐらいだ。いくら五十嵐でも、下級生を傷つけることはしないだろう。彼女の標的は私と文次郎、そして綾部だ。
 忍び刀で人を傷つけないように攻撃するのは難しい中で、私たちだけを狙うことは不可能に近い。だから、私たちは敢えて五十嵐と積極的に戦わない方が良いのだ。
 しかし、五十嵐が出したのは忍者刀ではなかった。
「霞扇か」
 私は防毒布を巻き、後輩たちが防毒布を巻くことも確認する。全員持ってきていたようで、手早く防毒布を巻いていた。
「準備していたんだ」
 五十嵐はそう言いながらも、攻撃を始める下級生を惑わすように、次から次へと木へ飛び移り、私たちに近づこうとした。途中で綾部に手裏剣を投げるのも忘れない。片手に扇を持ち、それを時には閉じて戦輪を跳ね返したり、移動したりしながら、顔を隠すように扇を開くこともあった。
「馬鹿みたいな作戦会議をしているからだ、アホのは組」
 文次郎が腕を組みながら言ったのは見えた。しかし、それから視界がぼやけていく。
 まさか、そんなことはない。防毒布を使っているのだ。
「この薬、防毒布がきかないんだよね。粒子も目に見えないくらい細かいから」
 体の力が抜けて行く中、声だけが聞こえる。
「作戦会議が聞かれているってことなんて分かっていたよ。だから、この薬の解毒剤は、夜、は組全員に飲ませた」
 朗々と喋る声は五十嵐にしては低く、落ち着いている。
「お前、五十嵐敬助じゃないな」
 五十嵐敬助はこんなに上手く霞扇を使えない。霞扇の術は風上から風下へ使わなければいけない。使い方にも技術が必要だ。風向きと風の強くなる瞬間、人間の動きを見ながら使う必要がある。熟練が必要なのだ。
「惜しいね、二人とも。なかなか、"私"らしかった?」
 私は重い瞼をこじ開けて、術にかかった人間を確認した。一年い組に四年い組、それに文次郎もやられたらしい。単独行動に出た二年生と、それを追わせている久々知と尾浜以外は全員やられたということだ。
 これだけの人数に術をかけられるような霞扇使いは、この学園に一人しかいない。大将である文次郎がやられて失格になったことよりも、それに気付かなかったことが気に入らなかった。
「悪いね。本当はこんな貴重なものは使いたくなかったんだけど、参謀命令だからさ」
 五年生の紫色、癖のある黒い髪、五十嵐敬助の特徴を兼ね揃えた人物は困ったように笑いながらその場を立ち去った。その時には、私の意識はなかった。
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