女装少年とその兄

女装少年の段


 一つ下の妹は私と違って快活で強かった。ケンカをしたらいつも負けるのは私だった。でも、強いだけではなく、妹は優しかった。妹は自分の強さで 無暗に乱暴をすることはない。必ず警告をするし、取り返しのつかないような怪我もさせない。そして、考え方は単純明快で、分かりやすくて、筋が通っていた。そんなところが好きだった。
 ただ、いつも心配だった。何故かはわからない。
「善法寺、ちょっと来い」
 大木先生に声をかけられたのは夕食のあとのことだった。他学年の担任で委員会の顧問でもない先生が一体自分に何の用があるのか気になった。
 一瞬、昼間にケンカしたばかりの妹の姿が脳裏を過ったが、私はそれを追い払った。妹はくの一教室にいるはすだ。妹に何かあれば、山本先生がやってくるはずだ、と。
 しかし、悪い勘ほどよく当たるのだ。
「こいつはお前の"妹"なんだな?」
 学園長先生の庵には、学園長先生と大木先生、忍たまの制服を着た妹がいた。
 私は動揺した。妹はくの一教室に入学しに来たはずだ。嘘をついて忍たまになるようなことはしない性格のはずだ。
「妹ですけど」
 伊勢は真顔だったが、何処と無く不安そうな顔をしていた。
「伊勢がどうしたんですか?」
 学園長先生は事情を説明してくれた。伊勢を男だと勘違いしていたことから、間違えて忍たま教室に入学させてしまったらしい。しかし、伊勢はすっかり一はの仲間たちと仲良くなり、大木先生について学べるものだと思い込んでいたらしい。
「くの一教室に入れてください。女の子が忍たまなんて……」
 忍術学園に入学すると言うだけでも心配だった。忍たま教室に入学するなんて考えられなかった。
 いくら伊勢が強くても、六年間嘘を吐き通すなんてことは無理だ。
「伊作に言われたくない」
 伊勢は私を睨んだ。すると、大木先生が伊勢に尋ねた。
「お前はどんな忍者になりたい?」
 伊勢は私の顔を見た。そして、はっきりと言った。
「私は、兄と一緒に仕事ができる忍者になりたいです」
 貰ったばかりの綺麗な苦無を握り、伊勢は大木先生から眼を逸らさない。
「兄は仲間が傷つけば救護に行くでしょう、危機に陥れば助けに行くでしょう。
同僚にいじめられることも甘んじて受けるかもしれません」
 伊勢は私の学園生活を知らない。それでも、伊勢の言っていることを私はやっていて、よく危険な目に遭っては、留三郎に怒られていた。
「私が兄の面倒を見ます」
 伊勢の言っていることは正しい。伊勢は強い。でも、心配で心配で、その大きな心配は苛立ちに変わった。隣に座る伊勢が、私の方には目もくれず、ただ前だけを見ている妹が、酷く腹立たしかった。
 自尊心が強くて、人の気持ちなんて全く考えていないくせに、強くて優しい。そんな妹が好きだった。ただ、心の底では疎ましいと思っていた。その疎ましく思う気持ちだけが肥大していった。
 私と伊勢、性格は正反対だ、とよく言われていた。しかし、私は否定したい。私と伊勢はよく似ている。特に、執念深いところと頑固なところはそっくりだった。
 伊勢に腹を立てた私とそれを感じ取って腹を立てた伊勢はその後四年間、一度も口をきかなかった。その気持ちが薄れていったあとも、話しかけることができなくなるまで、私たちは離れていた。
 しかし、私たちは話すきっかけを手にした。
「善法寺先輩」
「伊勢、久しぶり」
 先輩と後輩。ただそれだけの関係であるかのように、私たちは振舞った。流石留三郎と鍛錬をしているだけのことはあり、一筋縄ではいかない。しかし、私は伊勢が用意した落とし穴に落ちてしまった。
 それはあまりにも衝撃的だった。私の知っている伊勢は単純明快で、考えていることがすぐに分かってしまうような子だった。そんな子が、何食わぬ顔で私を落とし穴に誘導し、苦無を持ちかえる振りをして私を落とし穴に落としたのだ。
「伊勢」
 忍術学園のせいなのか、それとも彼女が成長したということなのか。私は分からなかったが、何故か悲しかった。そして、それ以上に辛かった。
 四年間、意地を張っていなければ、こんな思いをせずに済んだのだろうか。
 私の顔にそれが出ていたのだろう。
「申し訳ございませんが、少しそこにいてもらえませんか」
 ただ、私を覗き込んだ時、伊勢の表情は変わった。
 ケンカをして、私を泣かせた時にするばつの悪いような顔。私の知っている伊勢だった。
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