之は戦
六夜の戦の段
次は仙蔵だったな、と食満先輩は笑った。
「五十嵐、仙蔵の時は怖がるような声を出した方が良い。怯えたような顔をしておけば、あいつは満足するだろう」
下手に意地を張らず、無理はすんなよ、と頭を撫でられた。
立花先輩は時間通りにやって来た。お願いします、と言うと、先輩は不敵に笑った。嫌な予感しかしなかった。嫌な予感ほど当たるものだが。
先輩は二夜目の人間が分かるほどに巧かった。そして、ただ私の反応を楽しんでいるだけのようだった。その時には私はまだ余裕があった。
「それは留三郎の入れ知恵か?」
怖がっているような表情をして、小さく悲鳴を上げると、立花先輩は僅かに口角を上げてそう言った。なぜ分かったんだ、と思いながらもそのままの表情で首を傾げる。
「全然怖がっていないだろう。そんなお前のためにとっておきがあってな」
立花先輩は自らの背後に手を伸ばした。
「私は教師からある指示を受けている。こちらの方が楽しいと思わないか?」
立花先輩が手にしていたのは、長い縄。私は油断していたことを悟った。繋縛術は身分ごとに細かく決められている。つまり、細かい作法があるのだ。
そして、六年い組の立花仙蔵は作法委員長でもある。
山本先生の意味深な笑みが浮かぶ。この実習は点数がつかない。あるのは合否だけ。
この実習は耐えきれるか挫折するか、その二択しかないのだ。
体を動かせば相手の思う壺なのは分かっていた。しかし、動かざるを得ない状況を作られる。
「五十嵐、人には様になる表情がある」
否応なしに視界に入ってくる先輩の顔。先輩にしては満面の笑みを浮かべていた。
「さっきの作った表情よりは、ずっと魅力的だぞ」
歯を食いしばって、ぐちゃぐちゃになった顔で見上げる。食満先輩は無理をするなとおっしゃったが、素直に屈する気はさらさらない。
なくなった、と言った方が正しいかもしれない。
縄で擦れる部分は酷く痛んだ。私は耐えながら疑問を持った。
二日目でこれは不味くないか、と。その時、一つの考えが頭に浮かぶ。私はさり気なく先輩の周囲を見渡した。先輩の横に不自然に黒く光るものを見つける。それは苦無だった。
ああ、そういうことか、と私は漸く気付いた。
首元を舐めるふりをして、腹立たしいほど白くきれいな肌に、力の限りかみつく。先輩の歪んだであろう顔を拝みたいという衝動を抑え、先輩が痛みで気が逸れた隙をついて置いてあった苦無で足の縄のある一点を切る。縛られる時に、縛り方を見ていたのだ。案の定、足を縛る縄は解けた。
私は勢いよく戸を開け、身体に鞭打って走った。縄はどんどん解けていく。自分の部屋の前を通り過ぎ、隣の部屋の戸を思いっきり引いて勢いよく流れ込む。
「不破、鉢屋、匿って」
布団に入って本を読んでいる不破、忍たまの友を広げて勉強している鉢屋が、呆然とした顔で私を見た。