始まり

六夜の戦の段


 山本シナ先生からの呼び出し。絶対良いことではないだろうという私の予想は的中した。
「色の実習を今さらやるんですか?」
「あなたが忍務に失敗した場合、どうなるのか分からないわけではないでしょう」
 くのたまのような色の課題ではなく、ただの"経験"としての実習だと先生は言った。だから、監視もなければ評価もつけない。ただ、捕まった時に耐えられることだけを想定している。
「分かりました。それで、相手は?」
 これはかなり重要である。というのは、私は全く色事が分からない。竹谷の部屋にあった春画を見せてもらったことはあるが、絵は絵であって実際のものとは違う。
「五年生か六年生か、どちらか全員……と言いたいところだけど、六年生で良いかしら?」
 知っている奴らか、と思いながらも当然だな、と納得してしまった。四年生はまだ体の準備のできていない者もいるだろう。しかし、五年生となると流石にほとんどの者が大丈夫なはずだ。
「何故六年生なのですか?」
 そう尋ねると、山本先生は意味深に笑った。
「一部六年生の希望、とでも言っておくわ」



 伊作に、五十嵐の色の実習を六年生が担当するための希望書を出すから、と署名を頼まれた。山本先生に提出した後、長屋に戻って来た伊作に尋ねる。
「どういう意図だ?」
「それ知らずに承諾したの?」
 伊作は信じられない、とでも言うように目を丸くしたが、俺には全く思い当たるところがない。大体、五十嵐は同じい組でも六年の文次郎と仙蔵よりも五年の尾浜と久々知の方が遥かに関係がマシだ。むしろ、弊害の方が多いだろう、と思うのが普通の考え方だろう。
「お前は五十嵐に悪いようにはしないだろう」
 俺が何も聞かずに名前を書いた一番の理由はそれだ。
 伊作は溜息を吐いた。よく分からない。とりあえず、俺に説明する気はさらさらないらしい。俺も敢えてそれ以上は尋ねなかった。
 伊作は最近よく分からないことを言う。
「順番は、君、仙蔵、長次、文次郎、小平太、私らしいよ。六夜続けての実習。捕まったことを前提にしているからしょうがないけど、大丈夫か心配だよ」
 俺は伊作の言葉に思わず目を丸くした。
「お前も参加するのか?」
 伊作と五十嵐は実の兄妹だ。俺はてっきり伊作以外の六年生が対象だと思っていた。
「だって、六年生全員だよ」
 しょうがないだろ、と乾いた笑顔を浮かべる伊作に、俺は複雑な気持ちになった。そんな俺に、伊作は苦笑いをする。
「留三郎、頼んだよ。分かっていると思うけど、色事には無関心でね。手取り足取り教えてやらないと多分無理」
 いや、それは俺も期待していないし、どうでもいいんだが、と心の中で呟く。くのたまではなくて、俺たちと同じ授業を受け、その上健全極まりない生活を送っている五十嵐がむしろその類に詳しい方がおかしい。
「あと、おそらくなんだけど、意味もなく六人の相手をさせるとは思えない」
「どういうことだ?」
 人差し指を上げて、宙を見て呟く伊作にそう聞き返す。
「そのままの意味だよ。多分、正式に私たちに依頼が来る時は、一人ずつ呼び出されるんじゃないかなぁ」
 この時の伊作の言葉の意味の真意を、俺は実習が始まるまではっきりと認識することができなかった。
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