ひとりぼっちの女装少年

いろは対抗戦の段


 組別対抗戦初日は幸運なことに誰も不運な目に会わずにすんだ。不運委員長と呼ばれる善法寺先輩と最凶学級委員五十嵐先輩が手を繋いで歩いていたからだ。
 五十嵐先輩が女装をしているせいで、見た目はそれほど悪くはない。ただ、良い年をした男二人が手を繋いでいるという事実はなかなか受け入れがたいものがあった。五十嵐先輩に言うと、食満先輩が自分よりはマシだとおっしゃった。
 何事もなく夜を迎え、僕たちは眠っていた。見張りは三年生以上が順番に担当するらしい。僕たちは明日に備えて眠ることになった。
「明日はい組にもろ組にも接触する。君たちには働いて貰わなきゃいけないんだよ」
 善法寺先輩は目を細めて微笑んだ。眠いのは事実だったから僕たちはさっさと就寝した。しかし、僕は真夜中に目が覚めてしまった。
 寝る前にはついていた火も消えていて、全く周囲が見えない。隣に伊助が眠っているはずだが、それすら見えない。
「眠れないのかい?」
 いきなり声をかけられる。見張りの上級生だろうか。食満先輩ではないことは確かだが、誰かは分からなかった。
「目が覚めてしまいました」
「こちらの方が石が少なくて寝やすい。移動できる?」
 手を取られる。僕は先輩のことが全く見えないが、先輩は僕のことが見えているのだろう。指を手に絡ませ、すっと手を引かれる。
「五十嵐先輩ですか?」
 誘われながらそう尋ねる。
「黒木か。何故、分かった?」
「指が細かったので」
 指が長くて細かった。それは先輩の特徴。五十嵐先輩に変装する鉢屋先輩を見抜く唯一の方法だ。
 鉢屋先輩も五十嵐先輩も体格に大きな差があるわけではないが、五十嵐先輩の手は女の人のようなのだ。
「黒木、君は忍者に向いているよ。人をよく見ている」
「先輩方の悪戯に付き合わされていますから」
 この悪戯好きな先輩方には、彦四郎も僕も手を焼いている。ただ、先輩方はとても仲が良い。
 僕は仲が良い先輩方が嫌いじゃない。同じ学年で、悪戯好きで、よく一緒にいる二人が嫌いじゃない。
「寝やすいかな」
「目が覚めてしまいました」
「それは困る。い組を潰さなくてはいけないのに」
 先輩はにやりと笑った。先輩は決して悪い人じゃない。最初の委員会では彦四郎に噛みついたが、それ以降は彦四郎に対してきつくあたることはない。彦四郎は先輩のことを恐れているが、先輩は彦四郎のことを気にしていないように思う。
 先輩はい組を嫌っているという。でも、滝夜叉丸先輩の自慢話や伊賀崎先輩のペット探しなども文句を言いつつ付き合っているところを何度か見かけた。
 先輩は本当にい組が嫌いなのだろうか。
「先輩はどうしてい組がそんなに嫌いなんですか? 良いライバルにもなり得ると……」
「黒木は一人じゃない。は組に仲間がいるだろう。大切にしなよ。大切にしていたら、い組とも良いライバルになれる」
 その言葉に、五年は組が一人だったことを思い出す。
 食満先輩と五十嵐先輩が仲が良いことは有名だ。学年も委員会も違うのに関わらず、組み手をしている。それだけではなく、最近は善法寺先輩と三人で食堂に行ったり、町に出かけたりしているらしい。
 最近まではずっと鉢屋先輩と不破先輩と竹谷先輩と一緒にいたらしい。五十嵐先輩が補習でいない日の委員会で、鉢屋先輩が話してくださった。悔しい、でも仕方がない、と。
 その時は意味が分からなかった。
「い組とは組はどの学年でも仲が悪いんだよ。は組に否はないから安心しなさい」
 最初の委員会で五十嵐先輩はそう言った。仲が悪いい組とは組。一人のは組と多数のい組。その間に入るべきはろ組だったのかもしれない。鉢屋先輩はそれを言っていたのかもしれない。
 五十嵐先輩が頼ったのは、同じ五年生でも、同じ委員会でもなく、六年生だった。そう考えると、鉢屋先輩の言葉も何となく理解できた。
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