女装少年の理由

女装少年の段


 新学期が始まるよりも少し前に学校へ行った。今年から一年生の担任になるため、入学手続きの手伝いをしなくてはいけないからだ。そうはいっても、一年生は例年よりも少なく、特に仕事はなかった。俺は鍛錬をした後、気分転換に散歩をしていた。
 門の前を通りかかった時、手を繋いだ子どもが二人いるのが見えた。一人は二年生になる善法寺伊作で、もう一人は年子の弟だろうか。善法寺よりも活発なようで、善法寺の手を引いて歩いている。善法寺と同じ黒い髪をしていて、どこか善法寺によく似ていた。
 善法寺は二年は組だ。善法寺の弟ならば俺の担当する一年は組の忍たまになるかもしれない。そう思いながら見ていると、長屋の方から二年が数人やってきた。
「一年は組じゃないか。何故、俺たちと同じ制服着てんだ?」
 二年い組のようだった。
「ほらほら、脱げよ脱げよ」
 い組の忍たまたちは、善法寺の制服を脱がそうとしていた。よくあるは組いじめだ。善法寺がいじめられるのはいつものことだが、大抵は同室の食満留三郎が追い返す。食満はまだ学園に来ていないようだ。
 善法寺と手を繋いでいた少年は、ふらりと善法寺から離れると、木陰に向かった。何をするのだろう、と見ていると、太めの木の枝を何本かをさり気なくかき集めていた。そして、隣には石をいくつか集める。それだけではなく、彼は塀に立てかけてあった板に目をやった。
 ああ、なるほど、と俺は感心した。
「伊作嫌がってるのに、お前ら何しているんだよ」
 声は思っていたよりも高かったが、太かった。
「誰だ? アホのは組の弟か?」
 二年生の注目が集まった。少年は不快そうに顔を歪めていた。
「違いますー。通りすがりですー。そんなやつ知りませんー」
 善法寺が馬鹿にされていることが、気に入らなかったのだろう。ふさげたような投げやりな答えは子どもっぽい。しかし、悪くはない。
「新入生だな? 覚えておけよ、こいつは……」
 二年生が偉そうにそう言っていた時だった。少年は素早く枝をとり、二年生に向かって投げた。その動きは素人にしては早かった。
「おい、お前、先輩にケンカ売るなんて……」
 二年生は手裏剣を取り出す。俺は止めようか迷った。しかし、二年生が持っている程度の手裏剣ではそれ程大きなけがはしないだろう。
「そいついじめるのやめるならやめてあげるけど?」
 善法寺を引きよせ、石を高く掲げる少年。そこに、二年生が手裏剣を投げつけた。少年は素早く立てかけてあった板を前に立てた。トントントン、という音と共に手裏剣が板に突き刺さる。
 そして、素早く横から顔を出し、石を投げた。石は見事に二年生の一人に当たった。いくら休み明けでも、これは二年が弱すぎるだろう。そう思って俺は少年が正面から見えるところへ移動した。
 そして、納得した。
「お前……」
「石はまだまだあるよ」
 少年は石を抱えていた。黒い目をすっと細めて、口角を上げてにやりと笑う。足をしっかりと広げ、仁王立ちしている姿は、なかなか様になっていた。二年生が牽制されたのもうなづけた。俺は思わずにやりと笑った。
 こいつは面白い。
「伊勢、怪我させたらいけないよ」
 逃げていく二年生の背中を見送ってから、善法寺が少年を咎めた。
「警告はしたよ。あいつら馬鹿だよ。石投げたり、枝投げたりするのは、忍たまじゃなくても毎日するよ」
「伊勢だけだよ」
 少年の言葉に善法寺が表情を歪め、背を向けた。
「どこ行くの?」
 少年の声がやや焦っていた。善法寺のことが心配なのか、善法寺が怒っているのを気にしているのかは分からなかったが、先程までの堂々とした様子とは正反対の焦り方に、俺は思わず口角を上げた。
「伊勢が怪我させた友達の手当てだよ。僕は保健委員だから」
「いじめられたら叫んでね。すぐにそっちに行くから」
 少年が必死なのは声で分かった。
「本当に心配だよ。伊勢が怪我したら、お母さんとお父さんにお願いして退学させて貰う」
 善法寺はぶっきらぼうに言った。するとも少年が表情を変えていく。
「伊作のくせに生意気」
 少年は声を荒らげて、善法寺を睨みつけた。あまりにも反応が素直で子どもっぽくて、俺は声を出して笑ってしまいそうになるのを堪えた。昨年まで六年生の担任だったせいか、この子どもっぽい反応がとてもおもしろかった。
「伊勢の方が生意気だよ」
「じゃあ、ずーっと、絶対に話しかけないでよ。絶対にだよ」
 少年は善法寺と正反対の方向へ走り去っていった。善法寺はその後ろ姿を見て、溜息を吐いた。
 子どもだが、善法寺を守っていた時の様。忍たまに物怖じしない度胸。周到な用意。とてもおもしろい子どもだ。俺はその子どもの後を追ってみることにした。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -