彼は作法委員も嫌い

女装少年の段


 夜の書庫整理を終え、忍たま長屋に向かって歩いていた。横にはぼっこりと二つ穴が開いていた。善法寺伊作先輩が落ちていた穴だ。鉢屋三郎と竹谷八左ヱ門と一緒に、いつも不運な先輩を引き上げたのは今日のお昼だった。間違いなく、四年生の綾部喜八郎の掘った穴なのだが、善法寺伊作先輩は怒ることもなく、ただただ引き上げた私たちに感謝をしていた。
 昼のことを思い出しながら敬助一人の部屋になっているは組の長屋を通りかかると、木槌で釘を叩くような奇妙な音がした。また就寝するような時間ではないのに関わらず、部屋は読書をするには薄暗く、そして、その奇妙な音は途絶えることなく続いている。
「敬助、こんな時間に何やってるの?」
 私は戸をがらりと開けた。そして、すぐに後悔した。
 敬助は厚い板を立てかけ、藁人形を板に押し付け、釘を小槌に打ち込んでいた。釘の頭はすでに藁人形に食い込んでいて、小槌の衝撃は藁人形に当たるせいか、藁がはらはらと舞い落ち無残なことになっていた。
「あっ、不破じゃん。こんな時間にどうしたの?」
 どうしたもこうしたもない。
 その無残な藁人形とは裏腹に、敬助はとても爽やかに尋ねてきた。私が戸を開けたせいで入ってきた爽やかな夜風が藁屑を舞いあがらせる。
「あっ、これのこと?」
 それ以外の何があるのか。
 敬助の足元には既に原型をとどめていない藁人形が二つ置いてあった。敬助はその二つの藁人形と手元の藁人形を並べた。藁人形には白い紙が貼られていて、その紙には彼女特有の細長い字で名前が書かれていた。
「潮江先輩と立花先輩と綾部の藁人形だよ」
 敬助はにやっ普段と変わらぬ笑みを浮かべた。藁人形には潮江文次郎、立花仙蔵、綾部喜八郎、と書かれていた。
「藁人形なんて、いくらなんでも酷いじゃないか」
 敬助のい組嫌いは有名だ。特にこの三人に対してはそれが激しい。廊下ですれ違いざまに手裏剣を投げるなんて日常茶飯事。この前は六いの先輩方が実習に行っている間に、長屋に罠を張り巡らせたらしい。
 同学年のい組も嫌いだが、この三人ほど酷くはない。せいぜい演習の時に徹底的に狙うぐらいだ。しかし、同学年のい組が嫌いなのはどの学年のは組の生徒も同じだ。
「酷いのはあいつらだよ。本当に死ねばよいのに……そういえば四年五年六年学年対抗戦とかないかな。もしくは委員会対抗戦……きっと実力も上がるよ」
 取ってつけたような理由だ。ニィっと口元を歪めて笑う。
「実力が上がるよ、じゃないよ。三人に大義名分を持って嫌がらせをすることしか考えていないだろ」
 敬助は女装趣味で体も華奢だが、やることは酷いのだ。くノ一と騙し合いができるくらいには。最終的には勝てないが、それでも五年生の中では鉢屋以上に良い線まで行く。
「いや、そうじゃない。三人だけじゃなくて、ついでに久々知と尾浜も殺れたらなぁ、と」
「どれだけい組嫌いなの」
 同学年のい組には、そこまで酷いことをやらないと思っていたが、勘違いだったかもしれない。
「いや、私は作法委員会も嫌いだ。上級生限定で」
「威張って言わない」

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