後悔

いろは対抗戦の段


 スタート位置が離れていたせいか、初日は誰にも会わなかった。どの組も固まって行動しているらしい。それも当然だ。大将が取られたら失格の、巻物争奪戦なのだから。
「五十嵐先輩って怖いですよね」
 夕食のあと、一年の今福に尋ねられた。そういえば、こいつは学級委員だったな、と思い出す。
「そうだなあ、今福はい組だから」
 五十嵐はは組には優しいがい組には厳しい先輩を演じる。は組贔屓の嫌な先輩。それが五十嵐の作った自分のキャラクターだ。
「まあ、でも後輩には優しいはずだよ。この前も滝夜叉丸話を聞いてやっていたからな」
 しかし、割りと後輩には優しい。確かには組をかわいがってはいるが、い組の後輩にも優しい。怖い先輩を上手く演じることのできない五十嵐は良く言うと優しく、悪く言うと甘い。い組は嫌いだと公言しながら、誰もが嫌がる滝夜叉丸の話を聞いたり、伊賀崎のペット探しを手伝う。
 そう言うと、今福はきょとんと首を傾げた。
「い組は嫌いだけど、彼女の言うい組は俺たち上級生だから」
 五十嵐が嫌うのは五六年生のい組だ。どうしようか迷ったが、話すことに決めた。
「私たちはい組で、例に漏れずは組をからかって馬鹿にして遊んでいた。しかし、私たちは失念していた。私たちが一年生の時はは組が九人いたが、二年生になるときは一人になってしまっていた。そう、五十嵐敬助たった一人だ。あいつは一緒に愚痴を言う仲間も、励まし合う仲間もいなかった。私たちはそんなこと気にも留めず、あいつを馬鹿にし続けた。今考えたら、どう転んでも弱い者いじめだ。でも、あいつはほら、強そうに見えるだろ。やられても言い返すんだ。だから知らなかった。知ったのは最近なんだよ。あいつは夜、一人でよく泣いていたことにな。あいつの隣の部屋の三郎と雷蔵が教えてくれた。悪戯好きの三郎があいつだけはからかわないのはそのせいだ。あいつは五年だけではなく六年のい組にも絡まれていた。潮江先輩も立花先輩も優しい先輩だけど、一つ下の小生意気なは組を彼らなりの方法でからかって馬鹿にしていた。信じられないだろうけど」
 どうせ、お前も馬鹿にしたか何かだろう、と私は尋ねた。
「は組だから」
「は組とはいえ四つも上だろ。それはお前が悪い」
 大体、五十嵐の知略や発想は私や尾浜も及ばない。五年生で合同練習をする際、指揮を執るのは三郎と五十嵐だ。
 私の言い方がまずかったのか、夜泣いていたという話の下りから死にそうな顔をしていた今福が、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「まあ、そんな顔するな。私たちの方が酷いことやっていたからな」
「久々知先輩は後悔していますか?」
 その問いに、無理矢理笑みを作って答える。
「ああ、後悔しているよ」
 私たちは寄って集って女の子を泣かせていたんだ。誰にも泣きつかず、ろ組の三人や、食満先輩を頼って耐え続けていた。誰もいない部屋で、夜、たった一人で泣いていた。忍者は非情でなくてはならないが、傷つける必要のない者を傷つける忍者は屑だ。
「後悔しても、許してはくれないだろうがな」
 かつての愚かな自分が酷く憎らしかった。


 今福が他の一年のところに戻った後、勘右衛門が俺の隣に座った。
「ねぇ、兵助」
「どうした、勘右衛門」
 勘右衛門は彼特有の朗らかな笑顔を浮かべた。
「卒業までに、五十嵐と仲良くなれるといいね」
「そうだな」
 ろ組がどれだけ仲を取り持ってくれるかによる。今、五十嵐はいつも六年生と一緒にいる。三郎もそれが歯がゆいようだった。
 五十嵐敬助は五年生の仲間だ。みんなそう思っている。
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