彼は学級委員

女装少年の段


 五十嵐敬助は私と同じ学級委員だが、流石アホのは組といったところか、成績は頗る悪い。教科だけではなく、実技も五年生の中では最下位だ。
「天才が爆発すれば、私のような凡人も追試を受けなくてもいいんだけどね」
 敬助は口の中に饅頭を詰め込みながら、学級委員会議に出席する。今日は卒業した旧六年生に代わる委員長代理を決めた。新六年生のいない学級委員会では、新五年生が委員長代理になる。新五年生は私と学級委員会不参加の勘右衛門とこの敬助だったのだから、私を委員長代理にすることがすぐに決まった。敬助は追試常連であるどころか、五年間追試無欠席である。そんな奴が何故学級委員なのかというと、昔から実戦力が抜きん出ていたからだ。しかし、いくら抜きん出ていたとしても、学級委員長にはできない。
「本当によく進級できたな」
「実践で一回も怪我したことがないからね」
 敬助は長い髪をいじりながら、桜餅を細い指の先を上手く使って掴み、ぱくりと口の中に入れた。
 五十嵐敬助は一度も保健室にお世話になったことがないという点で、五年生の中では有名だった。特に実力がそこそこなのに関わらず、補習で実践の多いは組は何かと怪我の多いため、余計目立つ。
「先輩は五年は組なんですよね」
 新入生で一年い組の今福が食い付いた。やや蔑んだような目だ。やめておけやめておけ、と私は思った。しかし、一回痛い目に遭わないと分からないのはよく分かっていた。
「君はい組かな。私はい組は嫌いなんだ」
 敬助は口角をあげ、今福を睨みつけた。男にしては高い声はよく通る。びくりと体を震わせる今福を見て、私は溜息を吐いた。
「何故、先輩はい組が嫌いなんですか?」
 一年は組の黒木は首を傾げて尋ねた。冷静だ、と俺は思った。全く敬助を恐れていない。ああ、これは敬助に気に入られるだろう、とそんなことを考えていると、案の定、敬助はにっこりと笑いながら、黒木の頭を撫でた。黒木は表情一つ変えず、真ん丸な目で敬助を見上げた。
「い組とは組はどの学年でも仲が悪いんだよ。は組に否はないから安心しなさい」
 は組には非はないかもしれないが、お前にはあるだろう、と今にも泣き出しそうな今福を見ながら思う。今福は、太くて丸い手でぎゅっと饅頭を押しつぶすようにして支え、そして大きな口を開けてがぶりと饅頭に噛みついた。その拍子に、大きな目から涙がこぼれおちるのではないか、と私は思ったが、そのようなことにはならなかった。
 敬助は今福の様子を横目で見ていた。
「しかし、い組で作法委員っていうのは最悪だね。黒木も気をつけるんだよ」
「敬助、一年生が引くからそろそろやめろ」
 もう十分だろう、とその意味を込めて敬助を止める。
「引かせているんじゃない。い組を牽制しているんだ」
 さらに悪い、と言いたいが、言ったところで仕方がないので黙っていた。敬助はちらちらと今福の様子を確認している。気が済んだのは分かっていた。
「それと、鉢屋。私は敬助じゃなくて、伊勢だよ。何度言えば分かる?」
 女装趣味の敬助は、伊勢という女の名前で呼べ、と要求する。
「むしろ、伊勢ってなんだよ」
「私の本当の名前だよ、鉢屋君」
 何百回も繰り返したやり取りだ。そんなわけあるか、と返すと、明るく笑って返される。溜息を吐き、いつも買ってくる定番の饅頭を口に入れると、少しだけ味が違っているような、そんな気がした。飲んだお茶が薄かったせいか、と私は思った。そろそろお開きにする頃合だ、と。
 私は敬助に尋ねた。
「ところで、お前、委員会の後残るのか? また、学園長先生に用事か?」
「ああ、そうだよ」
 饒舌な敬助だが、私の質問には短く答えた。
 昔から敬助は学級委員会が終わった後も学園長先生の庵に残る。一体何の用事があるのだろう、と私は思って、敬助に直接尋ねたことがあった。
「秘密」
 傷一つない細い人差し指を紅のついた唇に当てて、女装少年はそう答えた。何かと頑固な敬助は、一度言ったことを易々と変えることはない。だから、知る機会もないだろう、と私はそう思っていた。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -