彼と食満先輩
女装少年の段
忍者として不適合な性格の者が集められると言われているは組。学園をやめる人間も多く、一年は九人、二年は二人、三年は二人、四年は一人で五年が一人、そして六年が俺と伊作の二人。
たった一人の五年は組の生徒は五十嵐敬助という女装趣味の少年。文句なしに上手いため誰も文句を言わない。
「食満先輩、組み手してください」
学級委員である一つ下の後輩は、よく俺に組み手を頼んでくる。面倒だと思うこともあるが、不思議なことに嫌だと思ったことはなかった。い組と作法委員会を目の敵にする好戦的な後輩を俺は気に入っていた。特に、六年だろうと怯まないところが好きだった。
「いいぞ」
そう答えると嬉しそうに頷いた。
五十嵐は組み手が強いわけではない。ただ、弱くもない。
「ありがとうございます、食満先輩。い組の二人とは組み手なんてしたくないし、鉢屋は手加減できないし、不破とやったら鉢屋が怒るから、先輩しかやってくれる人いないんですよ」
何故、不破とやったら鉢屋が怒るのだろうか、と思ったが、少し想像してすぐにやめた。世の中、知らない方が良いこともある。
「また、文次郎と仙蔵にやらかしたらしいな」
「い組は嫌いなので。今さっきは綾部を落としてきたところです」
何に、とは訊かない。五十嵐のやることはえげつない。文次郎と仙蔵も手を焼いていた。
「後輩をいじめるのには感心しないな」
「綾部は特に嫌いなので」
私だって、他の子はかわいがっていますよ、と五十嵐は笑った。本当かどうかは怪しいが。
「俺も落とし穴掘るから好きではないがな」
落とし穴を埋めるのは用具委員の仕事だ。すぐに埋めないと保健委員、特に保健委員長が落ちる。
よく考えてみると、五十嵐の嫌いな人間は俺もあまり好きではない気がした。
長屋に戻ると、伊作が勉強していた。五十嵐と組み手をしてきた、と言うと伊作は顔色を変えた。
「五十嵐と組み手をしてきたの?」
「五十嵐は怪我も何もしてねぇよ。お前じゃあるまいし」
いつものことなのだ。伊作は俺と五十嵐が組み手をしたと聞くと、五十嵐は怪我をしていないかだとか、具合は悪そうじゃなかったかなど、根掘り葉掘り訊いてくる。
「そんなに五十嵐のことが心配なのか?」
「小柄な五年生だよ。心配じゃないか」
確かに五十嵐は五年生の中でも一際小柄で華奢だった。それも相成って、女装が板についているのだ。
「言っておくが、あいつは組み手、お前より強いぞ、多分」
伊作は組み手が弱い。弱い上にそれ程努力もしていないため、相手にならない。伊作自信もそれを理解している。
しかし、伊作は目を丸くした。
「本当なのかい?」
伊作は酷く取り乱していた。
「あいつは五年で小柄だが努力している。お前の散々な組み手よりはマシだろ。そんなに衝撃的なことか?」
伊作の取り乱し様があまりにも酷かったので、俺は不思議に思ってそう尋ねた。
「鉢屋とか不破に負けるなら分かるけど、五十嵐には負けたくなかったなぁ、と思って」
伊作は取り繕ったように笑った。俺はそれ以上は訊かなかった。
この伊作の不自然な態度の原因が分かるのには、それ程時間はかからなかった。