くのたまは騒ぐ

女装少年とくのたまの段


 五十嵐敬助先輩のことは知らないわけではなかった。園田村で、遠子先輩と恵々子、そして私と行動を共にした先輩は、遠子先輩がいるためか、とても親切で穏やかだった。化粧は他の忍たまとは比べ物にならないほど上手だった。
「明日から一週間、忍たまが来るって」
 授業を終えた山本先生が教室から出て行く。トモミは、廊下を覗いてそれを確認してから、仲良しのユキとおシゲちゃんに言った。
「嘘でしょ。くノ一教室は男子禁制よ」
 ユキは鼻で笑っていた。トモミは溜息をついていた。おシゲちゃんは、誰がですか、ときょとんと小首を傾げた。
「五年は組五十嵐敬助先輩だって。あの人、女装しているでしょ」
 そわりと風が流れた、気がした。
「なになに? 詳しく聞かせて」
 なおみとあやかとみかの三人は、トモミに近づいていった。なおみとみかは多分純粋な興味だけだと思うけど、あやかはきっと良からぬことでも考えているんだろう、と私は思った。
「一週間、くノ一の勉強をするんですって。ほら、女装も忍たまの中ではマシな方でしょ」
 確かにね、とそう笑うみかとなおみ、話を合わせるあやかを見て、トモミは目を細めてみていた。トモミのいる場所は夕陽が当たっていた。眩しいだろうと私は思った。それにしては不快そうだったが。
 ぼんやりと眺めていると、卯子が立ちあがる音がした。
「猪々子、五十嵐先輩ってどんな人?」 そう訊かれて、考える。卯子は私が五十嵐先輩と一緒に行動をしたことを知っている。私は、とりあえず、一番に目についたことを言おうと思った。
「遠子先輩のこと怖がってる」
 五十嵐先輩は遠子先輩の一挙一動を気にしていた。それがとても気になった。遠子先輩は優秀な人だけど、忍たまたちはどれだけ遠子先輩に陥れられても、堂々と振舞う。
「遠子先輩のこと怖がっていない忍たまなんているの?」
「知らないわ」
 卯子が呆れ顔で尋ねてくるが、数の多い忍たまの名前さえ怪しいのに、それぞれが遠子先輩のことをどう思っているかなんて、分かるはずがない。
「知らないわ、じゃなくて。もっと他に何かないの?」
 卯子は顔を近づけた。目尻がいつもよりも高い気がした。
 卯子も無茶なことを言うなあ、と思いながら、別のことを考える。
「善法寺伊作先輩のことが好き」
「さらにどうでも良いんだけど?」
 卯子は何を知りたいのだろうか、と思っていると、卯子はばん、と机をたたいた。卯子は短気だ。私は何を言おうかと考えた。空腹でお腹が鳴りそうだった。
 卯子は猪々子が黙っている間も何かを言いたげに口をもごもごと動かした。
「卯子、落ち着きなさい」
 考えた末に、とりあえず落ち着かせることが先決だと思った。私は卯子にそう言った。卯子は再び、ばんと机を叩いたが、すぐに溜め息を吐いた。
「あんたのせいよ、猪々子。ほら、さっさと食堂行くよ」
 食べ逃すわよ、と言いながら、卯子は私の腕を掴む。冷たい手だが、ひんやりとしていて少しだけ気持ちが良かった。
 卯子に手を引かれて教室から出ると、私たちの後に続くようにしてそうことしおりが出てきた。元気よく、躍り出るように出てきた二人は、すぐに私たちを抜かしていく。
「しおり、みんな騒いでいたね。今日の夕ご飯は何だろう」
「さぁ。とりあえず、眠い」
 そうこは私たちを抜かしていく際に、卯子に腕をぶつけ、卯子が悪態をついていた。しかし、いつの間にか私の腕から離れていた彼女の手は、ぶらりぶらりと自然に揺れていた。
「朝から鍛錬しているからだよ」
 そうこの明るい声が食堂の方から流れてきた。卯子がまた溜め息を吐いた。
「五十嵐先輩、食堂にいると思うから、近くに行ってみる?」
 食堂に入る寸前、私は卯子にそう尋ねた。
「そこまでする気はないわ」
 卯子はさらりとそう返した。しかし、食堂に入るなり、卯子は前を見渡した。食堂の角の席で、善法寺伊作先輩と食満留三郎先輩一緒に夕食を摂っている五十嵐先輩の方を向いたとき、少しだけ動きを止めていたが、すぐにお盆をとって歩き始めた。
 五十嵐先輩は化粧をして、青紫の簪で癖のある黒い髪を纏めていた。
 他の五年生たちは固まって夕食を摂っていたせいか、緑の中にある青紫はとても目立っていた。それだけ、二人の六年生と仲が良いんだろうな、と思いながら、五十嵐先輩と善法寺先輩と食満先輩を見た。
 そういえば、善法寺伊作先輩も、癖のある黒い髪を持っていたな、とそう思いながら。
「あっ、遠子先輩の横が空いている」
 夕飯をお盆に載せると、先に席を探していた卯子が、彼女にしては高い声でそう教えてくれた。私は何も返さなかったが、卯子は嬉野遠子先輩のところへ、お盆を持ったまま歩いていった。私もそれについて行く。
「卯子、猪々子、お疲れ様」
 遠子先輩は、私と卯子を見るなり、そう言って微笑んだ。
「明日から一週間、五十嵐君が一緒に授業を受けることを知っている?」
「トモミから聞きました」
 卯子が座りながら答えると、遠子先輩は、そう、と言って微笑んだ。そして、がつがつと魚を食べる卯子を見た。私は最初にきつい印象を与える容姿をしているが、遠子先輩は逆だ。
「彼、忍び刀が得意だから、相手をお願いしてみたらどうかな? トモミとしおりにも声をかけてみて。男としてどうかと思うくらい華奢だから、あれでどうやって実習を凌いでいるのか。その技は盗む価値があるかもしれない」
 穏やかな声と穏やかな表情だが、この人はくノ一だと私は思う。くノ一らしくない容姿だ、と私に零したこともあるが、今、くノ一教室のくのたまでくノ一になっているのはと遠子先輩だけだと私は思う。
 勿論、三年の差もあるだろう。私たちは誰もくノ一にはなれていない。三年生の頃、遠子先輩は一人になってしまったらしい。そのことも関係しているのかもしれない、とたまに思う。
「遠子先輩は五十嵐先輩と手合わせをしたことがあるのですか?」
「そうだね、一年生の時に、一度だけ」
 一年生の時のことでも、覚えているものなのか、と私は思った。
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