嘘つきの夜

六夜の戦の段


 最初は断った。そして、山本先生の意思を変えてしまおうと思った。俺にそれを頼んだ先生の気が知れなかった。俺は女ではないから、それがどのようなものか具体的には分からない。それでも、引き受けようとは思わなかった。
 気にくわない後輩だが、後輩だ。己の手で苦しませたいなどと思うはずがない。
 俺は食満留三郎が気に入らない。善法寺伊作も気に入らない。ただ、あいつらを変えようなどと思ったこと一度もない。あいつらはあいつらのままだ。まったく同じことだ。留三郎によく似たあの目を失わせたくない、と強く思うわけではない。ただ、失わせる気はない。
 気に入らないから何でもできるなんてことはない。嫌いだからといって何をしても良いわけでもない。それはただの我儘であり身勝手なことだ。
 しかし、俺の考えとは裏腹に、山本先生が俺に渡した実習内容は、あいつを間違いなく苦しませるものだった。
「潮江君、あなたが、六年生の中でも人格的に優れていると判断した上での依頼です」
 いけしゃあしゃあと嘘をおっしゃって、と俺は心の中で毒づいた。
「受けてくださりますか?」
 答えなど聞いていないことは明らかだった。ただ、俺は断った。
「あなたが断るのだったら、伊作君にお願いしようかしら」
 ふわりとその顔に笑顔を浮かべていた。ただ、目は全く笑っていなった。そこで、俺は六年生から伊作を除外していたことに気付いた。しかし、山本先生は善法寺伊作だけを特別扱いする気はないらしい。
「何故、五年生にならないのですか? 善法寺伊作は、あいつの実兄であることくらい把握なさっているのでしょう」
 伊作のためではない。あの可愛げのない後輩にとってそれがどれだけの痛手なのか、想像することができないわけではなかった。
「善法寺伊作君が、五年生ではなくて六年生を相手にすることを望んだのよ。あの子は五年生だからって」
「甘い考えですね」
 五年生と五十嵐敬助の関係が崩れることが、実妹と関係を持つよりも遥かに恐ろしいと言うのならば、何とも自分勝手な自己犠牲だと俺は思った。あの、全てを微笑んで許すところが俺は嫌いだった。
 それは純粋に評価ができるものだとはとても思えなかった。
「私からすれば、あなたも十分甘いけれど」
 ねぇ、と山本先生は微笑む。ああ、言葉を使ってくノ一から逃れるなんて無理なことだ。あの、五年生とはとても思えないくのたまの嬉野遠子を指導しているのだ。くノ一として、あれだけの人を見つけてくるなんて、学園長も大したものだ、と冷静に考えてしまう。
 最終的に俺は引き受けることになってしまった。
 約束の日に部屋に入り、表情を見ることなく押し倒す。そして、何もせず、山本先生の指示通りに、ただその行為を急いだ。
 痛みに表情を歪めるが、痛みには慣れているのか、歯を食いしばるだけだった。おそらく苦痛は一番強いだろうが、一番早く終わるだろう、などと余計なことを考えたのが何故なのかはわからない。
 全てが終わった後、流石に体が疲労しているのだろう。此れしきの痛みで動けなくなるなどということはなかろうに、横になったまま動かない。どこまで面倒をかけさせるのか、と思った。手を差し伸べようか迷った。ただ、俺が悪いまま、俺を恨ませておいた方が良いだろう、と思った。
「清々した」
 吐き捨てるように言ってやる。五十嵐はあの大きな釣り目を吊り上げて、噛みつくように言葉を発した。ただ、その言葉は、いつか見返してやる、でも、あの聞きなれた、い組死ね、でもなかった。
「嘘つき」
 五十嵐は俺が思っていた以上に「可愛くない後輩」だった。
 べっと舌を出すと、すぐに悔しそうに唇を噛む。少しも動かなかった体を勢いよく起こして、そのまま夜着を乱雑に羽織り、立ち上がる。
「なんとでも言え」
 こいつの不幸は、真に馬鹿なわけではないところだろう。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -