くのたまと村の炎

夏休みタソガレドキ潜入の段


 一年生の時にあった、くのたまとの剣術の合同授業。女の子と戦うのか、と小馬鹿にしたような目をした同級生をやや呆れ気味に見ていたのを覚えている。力が出せずに、負けていくそんな同級生を見ながら、やっぱり男は馬鹿だなぁ、とそう思った。
 同級生を負かしていったのは大人しそうな容貌のくのたまだった。真面目な子なんだろう、と思った。自分を応援している同じくのたまの子たちに、次こそは負けちゃうかも、とそう言ってはにかんだように笑う姿は、本当に可愛いと思った。あの時は騙されていた。
 私は忍たまだが、彼女と同じ性別だ。私は容赦をしなかった。勝ったのは当然私だった。しかし、その力を上手く使わずに戦おうとする方法は私と似ていて、正々堂々と試合をしている気がした。楽しかった。戦えたことが嬉しかった。
 そう、嬉しかったんだよ、遠子。
 だから、心の底から思っていたことを言ったんだ。
「ありがとう、良い試合だった」
 初夏の爽やかな風の吹く忍術学園で、彼女が笑ったくれたのを、私は未だに覚えている。



 藪漕ぎができないわけではないが、体育委員でもなんでもないため、きつくないはずがなかった。忍たまと一緒に移動するとき、特に五年生で移動をする時は、竹谷がいるため藪漕ぎをする必要がない。慣れないことをすると疲れる。特に、今回は遠子に背後をとられているのが大きかった。彼女はそんな意識はないかもしれないが、彼女が背後にいるということは、私にとって背後をとられているも同然だった。
「あら、案外骨があるんだね」
「勿体ないお言葉です、遠子さん」
 休憩時間にはそんな会話を交わしたが、二年生たちと喋る余裕はなかった。二年生と喋ろうと思えば、すぐに休憩終了だ。遠子さんが私と後輩を会話させないようにしているとしか思えなかった。朝日が昇った頃には、タソガレドキ城が見えた。巨大な城が見える林の中で、ようやく腰を下ろす。
「五十嵐先輩、お疲れ様です」
 大変でしたね、と恵々子が笑った。その優しい言葉に、ありがとう、とくのたまは遠子のような者ばかりではないことに安心して礼を言うと、冷たい視線を感じた。岩に凭れかかっている遠子に視線を移すと、大人しそうな容貌に似合わぬ眼光が私を射ぬいていた。
 私はこの子たちを襲う修羅か、と呟きたかったが、命は惜しいのでやめた。
 猪々子はどうしているだろう、と遠子から少し離れた木の前に視線を移すと、無表情で私と恵々子の向こうにある何かを見ていた。不思議な子だなぁ、と思っていると、その視線のまま表情が変わった。
 表情が強張ったのだ。なぜ、彼女が表情をこわばらせたのか、私には分からなかった。もし、目が合ったならば私のせいだろう、と思うのだが、彼女と私は目も合っていない。
 しかし、嫌な予感はした。どうしたの、と猪々子に尋ねるよりも前に、近づいてくる気配に気づくぐらいには。私は慌てて振り返り、そして手裏剣を投げた。当たるとは思っていない。しかし、牽制にはなる。猪々子と恵々子の名を、遠子が強く呼んだ。くのたまの二人はとりあえず安全だ。
 手裏剣は当たっていないようだが、こちらが気付いたことは向こうも気付いたらしい。しかし、引き下がる気配はないが、近づいてくることもない。呑気な鳥の声が途切れた。明け方は冷え込むが、それにしても背筋が凍りつくような気分だった。
 もう少し早く気付けば逃げられただろう、とは思ったが、疲れている今、気付くことのできる距離ではなかった。そう思うと同時に、猪々子が頭一つ抜けた才能を持っていることを悟る。猪々子は鉢屋三郎に似ている、と私は思った。才能に恵まれている。
 彼女は嬉野遠子や私よりも先にこの男の存在に気付いた。ただ、ちらりと振り返ってみると、遠子の体にぴったりとくっついている。その姿はまだ二年生だ。
 この状態がいつまで続くのだろうか、と深い緑色の茂みを見ながら考える。相手はおそらく一人だが、タソガレドキ忍者であればこの人数でも敵わない可能性が高い。特に、月輪隊所属だと確実に手に負えないだろう。
 嬉野遠子は優秀で、猪々子は天才だろうが、それでも私より戦闘能力は低い。それは分かっている。あの時からそうだった。嬉野遠子と私が初めて会った日から、それは変わらない。
 日が強く照りはじめ、寒さが緩み始めた。
「五十嵐さん、こんにちは、お久しぶりですね」
 声が聞こえた。その声は聞き覚えのあるものだった。私は刀にかけていた手を戻す。そのままでも良かったのだが、すぐに攻撃は仕掛けて来ないだろう、という私にしか分からないことを、三人に伝えるためにも、手を離さなくてはいけなかった。
 遠子も猪々子も恵々子も気付いたようだった。三人とも顔を見合わせて、遠子は二人を抱えていた腕を緩めていた。
 私は、お久しぶりです、と刀から手を放したまま答えた。敵意はない、とはっきりと表明しなくてはいけない。すると、遠くの藪から、がさりと黒い頭が出てきた。眼もとと頭巾から覗く髪で、私が予想した人物であることを確認する。
 タソガレドキ忍者隊月輪隊所属の人だ。いつも雑渡さんの近くにいる、高坂さんの弟。
「組頭から聞きましたが、忍術学園の生徒だというのは本当だったんですね……五十嵐さんたちは、我々が無事にここにくるか調べに来たのですか」
 ええ、とそう答える。すると、今度は遠子や猪々子、恵々子の方を見て言った。
「組頭に、傷つけるようなことはしないように、と言われていますから、ご安心ください。我々はこちらに来ています。組頭も、すぐにドクタケの進軍を阻止するために戻ってくるでしょう」
 では、とそれだけ言って、藪の中に消えてしまった。
「あっ、手裏剣投げてしまってすみませんでした」
 消えた藪の中に向かって、もっと他に謝るべきことはあるんだろうなぁ、と思いながらもそう叫んだ。
「知り合い?」
「実習中、お世話になったんですよ」
 遠子にそう尋ねられ、私は答えた。私のせいで彼が来たとは思ってはいないようだった。猪々子がきょとんと小首を傾げた。何を疑問に思っているのだろう、と訊こうとしたが、この場で普通に疑問に思うことは一つだろう。
「ただ、多分私たちに害をなさないようにしているのは、私が理由ではなく、善法寺先輩が理由だと思う」
 そう言うと、猪々子は納得したように頷いた。遠子は恵々子と猪々子を労わるように微笑みかけると、その微笑を全て消し去り、私に向かって言った。
「少し歩き回って、タソガレドキの矢羽音が複数聞こえていることを確認してから戻りましょう。五十嵐君、よろしくね」
 いつもに増してその言い方が刺々しいと思った。一体何が気に入らないのだろうか、とそう思いながら遠くを見やる。森の向こうのタソガレドキ領の村で、何かを燃やしている炎が見えた。もう、日は高く昇っていて、人々が活動をする時間だ。しかし、私の体は重かった。
 煙くさい森の中を、私は矢羽音を探して走り回った。
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