女装少年と後輩たち

夏休みタソガレドキ潜入の段


 ふわりと明るい光が灯る部屋の中で、上級生総崩れの保健委員を見て呆れながら、私は包帯を手に取った。応急救護は授業でしっかり習うものの、使わないとすぐに忘れてしまう。私は人手が足りない時などに伊作に呼ばれるので、簡単な手当てならばできる。
 私は、伊作を他に任せて、三反田と川西の手当てをした。
「伊勢、左近に余計なことしたら怒るよ」
 一年生に手当てをされている伊作が目を細めてそう言った。私が目の前の三反田と川西を差別して手当てしているとでも思っているのだろうか。
「分かってますから大人しくしていてください、善法寺先輩。私、い組にやり返すんだったら、潮江先輩や立花先輩や、綾部の野郎にしますから」
 伊作が溜息を吐いた。誰のせいだと思っているんだ、と唇だけで呟き、三反田と川西を見ると、三反田が川西の方を心配そうに見ていて、川西の表情は強張っている。なんかしたことあったっけ、と思いながら、黙って包帯を巻いていたが、体が硬くなりすぎて上手く巻くことができない。
「善法寺先輩面倒臭いから、とって食ったりはしないよ」
 ぼそりと呟きながら、無理矢理巻く。その程度で力を抜くような人間ではないだろうな、と思う。案の定、体は強張ったままで、溜息をつきたい気持ちを抑える。包帯を切り離すと、部屋の隅にころころと転がって行ってしまった。
 部屋の隅はほこりっぽく、そして暗い。包帯は埃で汚れたせいか、少し灰色になっているような気もしたが、手で撫ぜるように振り払い、気のせいだということにした。これから大量に包帯を使う可能性は高いだろう、と私は伊作と、そしてあきれ顔で手当てをする乱太郎を見ながら思った。私は包帯を元の場所に戻すと、擦り傷用の薬を探した。
「君を保健委員長代理に任命する」
「ええー、五十嵐先輩じゃなくて?」
 隣から聞こえてきたのは、伊作の言葉と猪名寺乱太郎の戸惑いを隠せないような声だった。
「何で私がやるんだよ」
 私は保健委員ではないんだから、と。ただ、伊作が猪名寺乱太郎を任命した理由は分かっていた。一年は組の子は、どの子も頼りがいがある。それは、能力の問題ではない。信頼が置ける、と言った方が正しいだろうか。私は一年は組といったら、同じ学級委員会委員長の黒木庄左ヱ門が思い浮かぶ。
「一年は組がみんなで卒業するなんて当然です」
 それは黒木が学級委員としての役割をしっかりと果たせるような人間だから、という理由だけではないはずだ。それよりもずっと大きな理由がある。一年は組という組があってこそなのだ。
 そして、猪名寺乱太郎は少し伊作に似ている。私が気付いているぐらいだから、伊作自身も気づいているだろう。
 そういえば、伊作は鉢屋にも似ている。そんなことを考えていると、私の名前を呼びながら土井先生が入ってきた。
「五十嵐、探していたんだ」
 土井先生は、頼みたいことがある、とそう言った。
「嬉野と一緒に、猪々子と恵々子を連れて、タソガレドキ城の方へ行ってくれないか? もし、タソガレドキ忍軍の姿が現れなかったら烽火をあげて欲しい」
「私、雑渡昆奈門に正体バレちゃっているんですけど」
 忍術学園は、タソガレドキ城にドクタケが攻め込ませようとした。恐らく、それに一番に気付くのがたタソガレドキ忍軍だ。タソガレドキ忍軍に園田村に居座られるのは困る。一刻も早く防衛のために城に戻って欲しいのだ。だから、こちらの意図通りにタソガレドキ忍軍が動いているのか知らせる必要があるのは分かっている。しかし、引き受けたいとは思わなかった。
 嬉野遠子と一緒だということから乗り気がしない。しかし、偵察となればくのたまと、タソガレドキの矢羽音が分かる私が行くことになるのは不自然ではない。しかし、やりたくはないなぁ、と思いながら、私は人の好さそうな土井先生の顔を見た。
「忍びこむ必要はないから」
 土井先生はそういって笑ってくる。これが野村先生だったら絶対に断っていただろうな、と私は思った。生徒に対して、高圧的に言うようなことをしないところは土井先生ぐらいだろうが。
 一年は組には厳しいらしいけど、それは担任だからだろう。分かりました、とそう答えると、三人が既に門のところに集まっている、と言われる。一番最後に集合場所に行くなんて、嫌みの一つ二つは言われるだろうな、と思いながら、重い腰を上げた。三反田と川西二人の手当ては大方終わっている。
 川西が、ぼそりと何かを呟いた気がしたが、聞こえなかった。聞き返されるのも嫌だろう、と思ってそのまま部屋を出ようする。
「気をつけてね」
「穴に落ちた奴が言うか」
 伊作にそれだけ言い残すと、私は村の門に急いだ。



 まだ山の向こうに光はない。真っ暗な門には、桃色の制服を着た三人がいた。
「遅いね。道中を急いで、後輩に無理をさせるつもり?」
 私を見るなり、遠子は静かに言った。理不尽だが、予想の範疇であり、抵抗するのも面倒臭い。
「遠子さん、すみません」
 私は素直に頭を下げた。そして、さっさと歩きだす遠子の背を追いながら、同じく遠子を追う二人のくのたまに話しかける。
「猪々子ちゃんと恵々子ちゃんで良いんだよね。私は五年は組学級委員の五十嵐敬助。よろしくね」
 緑色を帯びた髪の綺麗な容貌の子が猪々子で、青みを帯びた長い髪の優しそうな外見の子が恵々子だったはずだ。くのたま二年生など、ほとんど関わり合いを持つことのない。ただ、一度遠子の前で名前を間違えたせいで、一週間厠とお友達にならなくてはならなかったことがあり、それ以降しっかりと名前を把握するようになった。
「ええ、五十嵐先輩。よろしくお願いします」
 人の良さそうな笑顔を浮かべて、恵々子が笑う。
「よろしくお願いします」
 そして、猪々子はツンとした表情のまま、そう答えた。ただ、その声はとても柔らかかった。どんな子なんだろうなぁ、とそんなことを考える。私は忍たまで、くのたまと友好的な関係を築けたことはない。ただ、気にならないはずがなかった。
 気のせいか、山の縁が明るくなっているような気がした。
 しばらくすると、山道に差し掛かった。すると、遠子が突然足を止めて、そして振り返った。
「頼りにしているよ、忍たまさん?」
 何でこんなに嫌われているんだ、とそう思わずにはいられないような表情だった。嬉野遠子は、穏やかな性格だろうとしか思えないような顔に歪んだ微笑を浮かべる。足元はまだ真っ暗だ。そして、山道はまるで獣道のように荒れていた。
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