分かり合えぬ好感

夏休みタソガレドキ潜入の段


 私はあの少年に会うことに決めた。タソガレドキ忍組がこれ以上動く必要はない。もう、オーマガトキ領の村々からは十分に搾り取ることができている。これ以上、ここに戦力を割く必要もないだろう、と思った。何よりも、ここに戦力を集中させているため、城の警備は疎かになっている。それを他の城に気づかれる前に、城に戻らなくてはいけない。そう考えると、これ以上動くことは賢明ではなかった。
 しかし、それだけではなかった。
 忍術学園は、時には情勢を変えるようなこともある学園だ。優秀な忍者を輩出していることでも有名だ。そのような忍術学園の忍たまが、何故私を、そして敵味方関係なく人を助けていたのか。私には見当もつかなかった。これほど全く分からないような事態に直面するのも久しぶりだった。
 腹の中を何かがぐるぐる回っているような感覚がした。嫌な感覚だった。しかし、その感覚は懐かしかった。だからだろうか、悪い気はしなかった。
 そして、五十嵐伊勢との関係だ。何の根拠もなかった。しかし、私は自分の予想が当たっているのではないか、という妙な確信があった。
 恐らく六年生であろう三人の忍たまたちを撒き、園田村のお堂の中に入り込む。そして、柱の影に身を隠した。敵陣に忍びこめばそれなりの緊張感を自然と持つはずなのだが、なぜか欠片も感じなかった。
 あの少年と、恐らく彼の後輩であろう、二人の小さな忍たまたちは、園田村の薬草をすぐに使えるようにするためか、筒に分けて入れていた。それをじって見ていると、うとうとしていた一人が交代をするためにこちらに近づいてきた。私は避けなければ見つかることが分かっていたが、避けることはしなかった。
 私は身を隠す気はさらさらなかった。少年が仲間を呼べないようにしてから話しかけるというようなことをする気もなかった。それは、単に実力の差だけではない。この時はその理由が分からなかった。緊張感がなく、身を隠さずに話しかけようとした理由が。
 ぽん、と軽く小さな少年の体が触れる。私は倒れそうになる小さな少年を腕で支えた。
「何者だっ」
 案の定、あの少年が私の存在に気付き、素早く包帯を投げてきた。その表情は真剣そのもので、むしろ笑いがこみあげそうになった。
「曲者だよ」
 ふざけた答えではあるが、事実でもあることを返した。すると、次々と包帯や柄杓、すり鉢が飛んできた。あの少年と残っていたもう一人の小さな少年が次々と物を投げていた。これでは、山賊一人ですら追い払えないだろうが、二人は必至だ。
 手裏剣や苦無を持っていなかったのだろうか。持っているはずなのだ。しかし、二人が投げてきたのは、当たったとしても大怪我のしないものばかりだ。
 俗に言う「甘い考え」というものが脳裏を過った。
「また会ったな」
 呆然としていた、私の腕にいた忍たまが慌ててあの少年の元へ行く。少年は小さな少年を抱き寄せた。
「あなたは昨日の……」
 そして、物を投げるのをやめてそう言った。私のことは覚えていないらしい。怖がる少年をしっかりと抱きよせていたものの、いつの間にか僅かにあった敵意は抜けていた。そして、怪訝そうに僅かに表情を歪めた。
 何故、私がここに来たのかということが純粋に気になるようだった。
「とりあえず、物を投げるのをやめさせてもらえないか」
 そう言うとすぐに物を投げていた小さな忍たまの方へ手を差し出し、抱き寄せた。怖がっている二人の小さな忍たまをしっかりと抱き寄せて、あの少年は私を見上げた。
「一月前にも、私は君と出会っている。覚えてないか」
 そう言うと、少年は少しだけ考えるような仕草をした。
「あの時の……」
 そう言った時のその表情には、もう好奇心しかなかった。つい昨日向き合った敵に向けているとは思えないような表情だった。
「私はタソガレドキ軍忍組頭の雑渡昆奈門だ」
「あなたが」
「ざっとこんなもん?」
 名乗った。流石に私の名前ぐらいは知っていたらしい。あの少年は、たまたま戦場で手当てをした人間が私であることにただ驚いていたようだった。少年のその雰囲気のせいなのか、二人の小さな忍たまたちにも恐怖の表情はすっかり消えていた。特に最後まで物を投げていた少年は、私の名前をまるでただの言い回しのように聞き返してきた。
 怖いもの知らずなのか、緊張感がないのか、それとも単に甘いだけなのか、それとも全てなのか、その時の私には分からなかった。
 私はそのまま三人に近づいた。すると、やや少年の顔が強張った。二人の小さな忍たまたちも少しだけ身を小さくした。
「あの時君は、私ばかりではなく、敵味方を問わず手当てをしていた。何故だ」
 そう尋ねると、瞬く間に三人は力の抜けた、ぽかんとした表情を浮かべた。
「それは、僕が」
 少年はややうつむき加減に口を開いた。
「保健委員だから」
 三人の忍たまたちが、まるで小さな子どものように声を揃えて、元気よくそう答えた。表情はなぜかとても明るかった。
 間抜けな表情を浮かべなくてはいけなくなったのは私の番だった。嘘を言っているわけではないのだろう。学園の中の委員会に一体どういう意味があるのか、などということを小難しく考えようとしたが、私はその前に気付いた。
 何も考えていないのだ、と。
「お前、忍者に向いていないんじゃないか」
 目を細めてそう尋ねる。
「よく言われます」
 あの少年は呑気にそう答えた。きっと、今までも何度もこのことを尋ねられ、毎回こう答えてきたのだろう。
 何も考えない、というのには語弊があったかもしれない。彼は何か考えているかもしれない。しかし、理由はないのだ。
 理由がないから、理解のできない人間には何も言わないのだろう。彼がそこまで考えているとは限らない。考えていないのだとしたら、彼は無意識の間にそれをやっている。
 しかし、あの少年は退学者も多い忍術学園で六年間過ごした。だからなのか、きっと彼は変わらないのだろう、という確信があった。そして、なぜか何一つ理解していないはずなのに関わらず、すんなりと何かが落ちついた。
「いつか、あの時の恩を返さねばと思っていた。タソガレドキ忍軍はこの戦に手を下さない。これが私の君への礼だ」
 久しぶりに忘れかけていた感覚を思い出させてくれた、そして私が到底理解できないものをきっと生涯背負っていくことになる、私の命を救ってくれた少年に。
 どちらにしろ、そろそろ守りの薄い城を守るために動き出さなければいけないはずだ。まるでとってつけたように理由を思い出し、そして、背を向けたところでもう一つ、尋ねたかったことを思い出す。
「あと、もう一つ、聞きたいことがある。君には妹がいるだろう」
 その時の少年の表情の変化は忘れられない。戸惑い、そして表情は強張る。彼は利き手であろう右手で抱えていた小さな忍たまを抱き寄せ、小さな忍たまは目を少し丸くする。
「い……いません」
 動揺のあまり、揺れる声に、私は確信した。そして、何も言わず、そしてこれからのことを考えて選んだ薬草の筒を一つ持ったまま、追いかけてくる少年をそのままに森の中に入った。木に飛び乗り、先程撒いた三人の忍たまたちが通りすぎて行くのを確認し、そして私はその木の上から忍たまたちの様子を眺めた。
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