からくりカノン

夏休みタソガレドキ潜入の段


「箱の中にある大黒火矢を使ってしまったから、その箱に枝を詰めてしまいたい、と?」
 笹山兵太夫、加藤団蔵、夢前三治郎、皆本金吾、福富しんべヱの五人ははい、と元気よく頷いた。どうやら、彼らは逆茂木に大黒火矢をしかけたらしい。にっこりと笑って頷く一年は組の良い子たちに、溜息を吐くふりをした。
「でも、あの大黒火矢を全て使ったら、逆茂木ごと飛んで行ってしまわない?」
 山積みされた大黒火矢の箱を見て、そう尋ねる。逆茂木はかなりたくさん取り付けたが、それでも箱の数から予想できる大黒火矢の量は十分すぎる。
「あっ、でもその時には逆茂木も役立たずだから良いのか」
 しかし、大黒火矢に火がつくようなことがあれば、すぐに逆茂木は意味をなさなくなる。燃え尽きる時間稼ぎをするくらいならば、攻めた方が良いと言うことなのだろう。
「先輩はカラクリはお好きですか?」
 一人で納得してしまった私に、笹山兵太夫が目を輝かせて尋ねた。
「節度あるカラクリは好きだよ」
 そう答えると、笹山は少しか考えるようなそぶりをした後に尋ねた。
「だから、綾部先輩が嫌いなんですか?」
「どうだろうねぇ」
 首を傾げてにやりと笑うと、皆本金吾に呆れたような目を向けられた。何がおかしいのだろうか。
「私はい組と作法委員が嫌いだよ」
 笹山は、そうですか、とあっさりと返してくるものの、納得したと言うにはほど遠い表情を浮かべていた。
「そういえば、黒木は?」
 いつも私が何かをすれば不快そうな半目になる後輩の姿が見えない。
「さっき、伊助と尾浜先輩と木下先生と一緒に、外に出て行きましたよ」
 黒木と尾浜ときいて学級委員会が出てこないはずがない。そして、何故私ではないのかという疑問が過るのは当然のことだった。
 私は一年生に背を向け、ある人物を探した。探しだしたところで何にもならないのだが、私はやつに会って何かを言わなくては気が済まないと思ったのだ。私は五年ろ組の学級委員長鉢屋三郎を探して走り回った。
 丁度お堂の前を過ぎ去ろうとした時だった。
「あっ、伊勢、丁度良いところに。包帯作りと薬を煎じるのを手伝ってくれ」
 間違えるはずもない声に振り返る。
「今、鉢屋探しているんだけど」
「その様子だと私用だろう」
 あははと明るく笑いながらそう宣う兄は確信しているのだ。
「いや、学級委員の先輩としての誇りと名誉を……」
 そう言いかけたところで強引に腕を捕まれる。思った以上に強い力に何だか胃の中がもやもやして、あからさまな舌打ちをしてやった。



 日が暮れかけた時、私はようやく包帯作りから解放された。包帯作りの最中は、何が楽しくて男の褌を裂かなければいけないのだろうか、と散々言って、結局一年生の猪名寺にたしなめられ、伊作に笑われた。
 応援にかけつけた佐武衆の鉄砲隊とすれ違い、真っ赤な空を見やる。そして、そのまま空の下にある暗い森に視線を移した時だった。
「おい、鉢屋どういうことだ、なんで私に声掛けなかったんだよお前は」
「あまりにも熱心に作業していたからなぁ」
 探していた人物を見つけた。次の言葉が喉まででかかったところで、鉢屋はふらふらと私の隣にやって来て森の方向に顎をしゃくる。筒を手渡され、仕方なく喉まで出かかっていた言葉を飲み込と、私は筒を覗いた。
 何を見るべきか分からないはずがない。
 暗い森の中に、鉄砲隊と砲兵隊が見えた。そして、薄暗い中で夕陽に照らされ鈍く光った何か。銃口をこちらに向ける巨大なカノン砲である。立派な大軍に、これは本城の守りは手薄になっているだろうな、と考える。五年間の忍たま生活のせいなのか、明日の戦いの激しさは勝手に頭の中に浮かび、最悪の状況が脳裏をよぎる。私は、それから視線を逸らすかのようにただ只管に別のことを考えていた。
 怖いのは一年生の怪我だ。カノン砲は簡単に人を殺す。
 ぼんやりと筒を覗いていると、何を見ているんだい、という呑気な伊作の声と呆れたような鉢屋の声が隣から聞こえてきた。ぼんやりと二人の会話を聞きながら、私はあることに気づく。
「鉢屋、この距離だと砲弾は届く?」
 砲台は遠い。私は火器には詳しくないが、それでも届かないのではないかという思いが確信に近づきそうな程度の距離があった。
「カノン砲なら地面にぶつかって、跳ね返るようにして届くだろうな」
 鉢屋の真面目な言葉になるほど、と思っていると鉢屋は私の方を向き、言った。
「敬助、お前習っているだろ……って、善法寺先輩まで、目を丸くしないでください」
 所詮は私の兄であり、は組は代々教科が苦手である。
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