女装少年と優れた人

夏休みタソガレドキ潜入の段


 それだけ元気なら、仕事できるよね、と笑顔で仰る不破に連れられて、鉢屋と一緒に村を守るための材木の切り出しに向かう。馬防柵や逆茂木を作るためには大量の材木が必要なのだ。沼を超えた森の中に入ろうとすると、道の向こうから小柄な旅商人が近づいてきた。
 忍術学園の制服を着ている自分たちに近づいてくるなど、味方かもしくは敵しかあり得ない。鉢屋と不破が身構え、つんと張りつめた空気が流れた。
「ごきげんよう」
 商人の格好をした人物は、くいっと笠を上げてふわりと微笑んだ。化粧っけのない顔が顕わになる。普段はしっかりと化粧をしているため一瞬戸惑ったが、よく見ると見慣れた顔だった。
 しかし、安心はできない。むしろ、私の体は強張った。
「と……遠子さんじゃないですか。こんにちは」
 嬉野遠子。私たちと同学年のくのたま。唯一の五年生のくのたまであり、現二年生の唯一の先輩でもある。鉢屋三郎、不破雷蔵、久々知兵助と優秀な忍たまの多い五年生だが、この嬉野遠子も優秀だった。
「今から材木の切り出し?」
 大変ねぇ、とでも言うように遠子は微笑んだ。もともとが美人ではない彼女は、それ故に穏やかで人懐っこい印象を与える。
 勿論それは全て間違いなのだが。
「遠子さんは如何様で?」
「私は初日から実習だよ。山本先生からすぐに園田村に向かうように言われたの。忍たまだけでは荷が重いでしょう」
 そう尋ねると、くすりと笑って遠子は答えた。
 鉢屋は遠子を睨みつけ、不破も苛立っているようだった。ただ、人手が欲しいのは事実で、下手に出ると何を言われるか分からないのは私たち忍たまはよく分かっていた。
「ところで、材木の切り出しで、その華奢な男は役に立つのかな」
 乾いた生温かい手が私の腕を掴んだ。反射的に手を引っ込める。
「お前と違ってこいつはちゃんと鍛錬していてるからな」
 鉢屋が鋭く返した。
「あらそう。それは悪かったね」
 では、これで失礼、と遠子はひらひらと手をふって私たちに背を向けた。
「まぁ、でも今回は何もされなかったから」
 園田村の中に入っていく彼女の背が遠くなるのを見ていると、肩の力が抜けていく。私は嬉野遠子に気に入られていた。気に入られると言われれば聞こえは悪くないが、相手がくのたまとなれば話は別だ。彼女の実習の標的は私で、合同実習で真っ先に踏み台にされるのも私だ。しかし、私に何かを仕掛ける彼女は嬉しそうで、嫌いにはなれなかった。たとえ、彼女のせいで補習をしなくてはいけなかったとしても。
 しかしながら、彼女は私に恐怖を植え付けた。
 い組と作法委員嫌いの女装少年は、何よりもくのたまが苦手なのだ。
「遠子のお気に入りも大変だなぁ」
 お前、目立つもんな、と鉢屋が呆れたような溜息を吐いた。ただ、遠子の言うことはいつも正しい。
 木を切り倒し、運ぶだけの作業だった。重すぎる、と鉢屋はぼやいていた。しかし、私は鉢屋の首元に汗一つないことを何度も何度も見てしまった。そして、木を村の中で下ろす度に腕の力が抜けていくのを感じた。
 ぼんやりと時間を稼ぐように手を離した。ふと畑の向こうを見やると、見やると、五十嵐先輩、と私を呼ぶ声がした。色とりどりの制服が見えた。
 私は重い腕を高く上げて、手を振った。
「五十嵐先輩、お手伝いしますよ」
 真っ先に走ってきたのは時友だった。息は荒いが、表情は明るい。
「時友、ありがとう。流石体育委員だね」
 あちらですよね、とにこにこと笑いながら時友は森の方へ駆けていく。
「敬助お疲れさん、無事で良かった。心配していたんだ」
 時友を追い掛ける背にそう声をかけてきたのは竹谷だ。竹谷は丸太を手で抱えると、私に向かって言った。
「敬助は一年が運ぶの手伝ってやってくれ」
 疲れてたいるからな、と笑う。ただそれだけが理由ではないことは分かっていた。近くにいた初島と一緒に丸太を持ち上げる。ふらふらと園田村の奥に向かう。丸太のせい足元は見えない。
 そのため、ばさりと何かが足にかかった時は思わず足を止めてしまった。首を傾げる初島に笑いかけ、足元を見やるとそこには土かかかっていた。
 丁度斜め後ろには穴があった。積み上げられている土は、私が歩いていた場所と反対側に集められていた。意図して私の足にかけたとしか考えられない。その上ここは塹壕を掘る意味がないような村の裏である。初島は不安そうに私を見上げていた。私は一度丸太を下ろすように言い、丸太を地面に置いた。
「綾部喜八郎、今、わざと私に土をかけただろう」
 私は穴の中の暗い灰色に向かって声を荒らげた。
「わざとじゃないですよ、五十嵐先輩。穴を掘っているのですから、土が外に出るのは当たり前です」
 飄々とした腹立たしい声が返ってきた。私はこの腹立たしい後輩をどうしてやろうか考えた。初島はきょろきょろとあたりを見渡していた。
 丁度その時だった。
「お前たち、両方とも仕事をしろ」
「五月蝿いです」
 言っていることは尤もだったが、何故全く関係のない潮江先輩に怒られなくてはいけないのかということが納得いかなかった。
 私は仕事をしていて、仕事をしていない綾部に邪魔をされた。これは私と綾部の問題だ。ぎろりと潮江先輩を睨みつけていると、後方からやけに明るい声がした。
「あっ、潮江先輩。どちらに向かうんですか?」
 竹谷だ。潮江先輩は普段通りの声で答えた。
「竹谷、俺は一年は組を呼びに行ってくる」
 嬉しそうな潮江先輩の声も腹立たしかった。悪いところがほとんど浮かばないほど、気に入らないことはない。組別対抗戦の時の、一年は組の満面の笑みを思いだす。あの笑顔は私たちだけのものではないのだ。
 それと同じように、綾部は私の後輩でもある。勿論、素直に叱るなんてことは考えていなかった。しかし、それにしても気に入らないのだ。
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