先輩と後輩、先輩と後輩

夏休みタソガレドキ潜入の段


「敬助、枝が足りない。落としたやつで良いから、枝を集めてきてくれないか」
「どのくらいいるの?」
 間髪入れずにそう聞き返した。急いでなんかいなかった。ただ、喋りたかっただけだった。腹の中で疼くものなどないかのように、嫌な汗ではりついた髪をかき分けた。
 涼しげな風が吹くのに関わらず、それが酷くうっとおしかった。
「さぁ、後で兵太夫と三治郎に訊いてみるよ」
 悪いなぁ、と竹谷は笑った。何も考えていなさそうな笑顔だった。分かった、と私は言うと、とりあえず枝を集めに森に向かって早足で歩いた。しかし、森に入った辺りから、体が軽くなった。私は走った。足に蔓が絡みついた。振りはらわず、蜘蛛の巣にぶつかっても気にせず、走り続けた。
 何かに引っ張られるように走っているのに関わらず、目の前には何も見えない。そう、何も。遠くに顔を出す影は、挑発するようにすぐに見えなくなる。
 鼓動が速い。枝が散乱した地面にしゃがみこむ。
「悔しい」
 力の限り叫ぶ。風向きは村と反対側、聞こえることはない。



 僕は善法寺伊作先輩は嫌いじゃなかった。
「これは君が掘ったのかい? すごいなぁ」
 自分が不運だから落ちたんだ、などと言って、取り繕うなんてことはしなかった。悔しそうな顔もせず、綺麗な目で僕を見て、明るく笑っていた。これができる人がすごく少ないことを僕は知っている。
 みんなみんな、穴を掘った僕を責める中で、褒めてくれたのは立花先輩と善法寺先輩だけだった。立花先輩は呆れたように、善法寺先輩の少し困ったように笑うようになったけど、それでも好きだった。
 立花先輩と善法寺先輩があまり仲が良くないのは知っていた。でも、い組とは組、組も違うのだから、別に仲が良くなくてもおかしくないと思っていた。でも、最近、立花先輩の善法寺先輩を見る目が変わった気がした。
 その目が僕はすごく嫌いだ。善法寺先輩は好きだったけど、立花先輩の方がもっと好き。だから、立花先輩にあんな目をさせる善法寺先輩のことが、嫌いになった。
「綾部喜八郎、今、わざと私に土をかけただろう」
 ただ、同じは組の先輩でも、一つ上の五十嵐敬助先輩は最初から大嫌いだった。女装癖がある変な人。自分が変なくせに、人の変わったところは許せない自分勝手な人。僕は大嫌いだった。ただでさえそれなのに、立花先輩のことも嫌い。
 目を吊り上げて、女の子みたいな高くて嫌な声は酷く耳触りだ。こんなことならば、土をかけなければ良かった、面倒臭い、と思った。
「わざとじゃないですよ、五十嵐先輩。穴を掘っているのですから、土が外に出るのは当たり前です」
 感情をちっとも隠せないあの人が、先輩だなんて思いたくなかった。髪のくせのつき方は善法寺先輩そっくりなのに、似ているとは思わなかった。浮かべる表情と雰囲気が違いすぎる、とそう思った。



 綾部喜八郎と五十嵐敬助。二人には共通点がある。綾部を睨みつける五十嵐と、冷めた目を五十嵐に向ける綾部を見た時に不味いと思ったのにはそれが関係する。
 立花仙蔵と食満留三郎。自由奔放な二人を甘やかし、たまに諌める六年生がそれぞれにいた。そして、その二人がこの場にはいない。立花仙蔵は山村喜三太の救出のためオーマガトキ城に向かっていて、食満留三郎はこの様子だと臼砲運びに苦戦しているらしい。
 仙蔵とは同室の縁だった。食満留三郎は理由が自業自得だが、仙蔵だけに肩入れする気などなかった。後輩には罪がない。だから大事になる前に介入した。
「お前たち、両方とも仕事をしろ」
 五十嵐と綾部が俺を見た。
「五月蝿いです」
 綾部の口角が僅かに上がり、五十嵐の表情が歪んだ。綾部は賢く、五十嵐の頭の回転は速い。そして、それを見た俺は少しだけ後悔をした。やりすぎた、とそう思った。悔しくても食らいつくようなそんな根性があることは知っている。五年生の中では、一番真面目に鍛錬しているのも知っている。
 後輩のためなら、己の血を流すことを厭わないことも知っている。馬鹿なんだ。とてつもない馬鹿だ。
 ただ、その目が酷くあいつに似ているだけだ。悔しそうな表情は決して嫌いではなかった。ただ、その目が気に入らなかっただけで。ただ、ここでそのような顔をさせるのは間違いだった、とそう思った。
 小平太と仕事を代わり、空を仰いだ。すると、風が森の狭間からやってきた。
 一つの声をのせて。
「悔しいっ」
 特徴的な高くも低くもない、そんな声が聞こえた時、その涼しげな風が酷く不快だった。
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