用具委員長の怒り

用具委員長の段


 涙を我慢しようとしているのか表情は変わらないが、じわじわと潤んできた目からぽたりと涙が落ちた。
 下坂部平太を泣かせてしまった。それが何を齎すかということを私はよく知っていた。
「片付いたぞ」
 ゴツン、という音と共に強い衝撃が響いた。くらくらする。これは間違いなくたんこぶができている、と思い、痛いです、と素直に申告する。
「足が完治していないのに、一年連れて出歩くな」
 雷のような声で怒鳴られる。未だに衝撃の残る頭にその音はがんがんと響いた。


 食満先輩は五十嵐先輩を怒鳴りつけた。食満先輩の怒鳴り声は俺たちに対するものよりもずっときつかった。俺は自分が怒鳴られているわけでもねぇのに身が竦んで、五十嵐先輩と一緒に謝ってしまった。五十嵐先輩の次に怒られるのは俺だと思っていた。俺は三年生なのに、何もできなかったから。
「作兵衛に謝らせるとは何事だ。お前は五年だろ、五十嵐っ」
 しかし、結局五十嵐先輩の怒られる原因を一つ増やしてしまうことにしかならなかった。すみません、と五十嵐先輩は素直に謝っていた。しかし、怖がっている様子は欠片もなかった。平太だけではなく、しんべヱと喜三太ですら引くぐらいの怒鳴り具合なのに、五十嵐先輩はしょげているだけだ。
 食満先輩は五十嵐先輩にしては長い間怒っていた。俺たちに対するものよりもずっと酷い叱り方だ。俺たちには拳骨なんてくれたことないのに、五十嵐先輩に対しては事情を聞くよりも先に、見ているだけで頭が痛くなるような拳骨をお見舞いしていた。五年生の五十嵐先輩と俺たちでは厳しさが違う。勢いだけで怒鳴っているように見えて、食満先輩は相手によって怒り方を変えている。
 俺たちが思っているほど怖い先輩じゃないのかもしれない、と思った。
 一頻り怒鳴ると、食満先輩が五十嵐先輩を背負った。今日は素直に聞くんだな、とやや冷たく言った食満先輩に対して、反省していますからね、と五十嵐先輩が笑う。俺は一年坊主の手を引いて歩いた。
「大体、お前はこれが初めてではないだろう。組別対抗戦の後のことをもう忘れたのか。あの時、もう二度としません、って言ったよな」
 食満先輩は、怒鳴ることはやめたもののぶつぶつと小言を言っていた。


「いきなり突撃した先輩だって悪いですよ。私は無理なく逃げ出そうと思っていたのに」
 怒鳴るのをやめたものの食満先輩は不機嫌だ。しかし、五十嵐先輩はいつもの雰囲気に戻っていた。五十嵐先輩は軽く笑いながらも、少し不満げにそう言った。
「何か策でもあったのか? そうは見えなかったが」
 食満先輩は口元に作り笑いを浮かべて五十嵐先輩の方を睨みつけた。すると、五十嵐先輩はさっと目を逸らし、言いにくそうに呟いた。
「稗田八方斎だから、まぁ、どうにかなるかなぁ、なんて」
「もう一発拳骨が欲しいのか?」
「反省しています。すみません」
 五十嵐先輩は間髪入れずに謝った。今のは五十嵐先輩が悪かったと思う。ただ、食満先輩も徐々に機嫌を直しているんだなぁ、と思った。
「言い忘れていたが、来週から用具委員会の仕事手伝えよ」
 食満先輩の突然の言葉に、五十嵐先輩だけではなく、俺や一年坊主たちもが思わず驚きの声を上げた。もし先輩が手伝ってくれるならすごく嬉しい。仕事の量の割に人は足りていないし、何よりも来年、俺がこの委員会を取り仕切ることになる。
「平太泣かせたんだから、そのくらいは働け。どうせ暇だろ。授業ない時は饅頭食っているだげだろ」
「先輩だって人のこと言えないでしょう。大体、学園長先生のお使いで忙しいんですよ」
「そういえば、お前はまだ若武者しかできなかったよな。来年からはそれだけだときついぞ」
 高学年になったら、様々な職の人間に扮することができるようにしなければいけない。五十嵐先輩の表情が苦々しいものに変わる。
 その時、平太の小さな手が俺の手から離れた。おい、と止める間もなくふらりと食満先輩と五十嵐先輩の隣に移動する。
「五十嵐先輩がお手伝いに来てくれると嬉しいです」
 五十嵐先輩を見上げ平太はぼそりと、彼にしてみればはっきりと言った。食満先輩が感心したような声を漏らす。
「手伝います」
 五十嵐先輩が折れた。
「よくやったな、平太」
 食満先輩はにぃっと歯を出して笑い、平太の頭をごしごしと撫でた。
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