鬼灯を数える

六夜の戦の段


 立花仙蔵は優秀な男で、それは六年の誰もが認めていた。それだけではなく面倒見の良い男だ。同輩や目上の者に対しての評価は厳しいが、後輩は無条件で可愛がる。特に、現五年生を俺たちの誰よりもよく可愛がっていた。優秀ゆえに、一つ下の学年との差も歴然としていたからだ。しかし、可愛がっているようには見えない上、本人たちにも自覚されないのが、この善法寺兄妹の問題を大きくしている原因のひとつなのだが、それは仙蔵自身が誰よりもよく分かっているはずだから、俺は敢えてうるさくは言わないことにしている。
「仙蔵、どうだったか?」
 樹の陰で休んでいると、五十嵐の実習を見ていたであろう仙蔵が通りかかった。首元を抑えているが、足取りは軽い。
「留三郎、下手な入れ知恵をするな」
 そして、俺を見るなりそう言った。
「で、あいつはどうした?」
 縄を持っているところからして、普通にやったとは考えにくい。ああ、これが伊作の言っていた言葉の意味か、と納得する。どうやら、俺たちは先生から受けた指示がそれぞれ違うらしい。
「噛みついて逃げた。追いかけてやろうと思ったが、ろ組に逃げ込んだ。咄嗟の状況判断能力は悪くはない」
 気にくわない、といった表情だが、決して怒ってはいない。嫌がらせを重ね、己を慕わぬ後輩についても寛容だ。彼は後輩を無条件に可愛がる。五十嵐の能力からして、仙蔵から逃げだすことは不可能だから、仙蔵が逃げ出させる隙を作ったのだろう。
「それで、お前は後輩が心配で起きているのか?」
 仙蔵は何の含みもなくそう尋ねてきた。
「伊作に燻し出された」
 それも理由の一つではあるが、俺が起きていたところでどうしようもないことはよく分かっている。
「風邪でも流行っていたか?」
「鬼灯だ」
 それだけで十分なのだ。俺ですら知っていることを、この男が知らないはずがない。
「馬鹿げたことを」
 鼻で嗤う仙蔵を見て俺は安心した。
 鬼灯を煎じる匂いはしない。ただ、鬼灯を煎じる同室のすぐ隣で、眠ることはできない。



 仙蔵がゆっくりと部屋に戻ってすぐに、ろ組の戸が開いた。轟音のような鼾が響いている。それだけで、出てきた人物が誰なのかということは分かる。
「どうした、長次」
 中在家長次は何も言わずに俺の隣に座った。寡黙なこの男が返答をしなすのは珍しいことではない。しかし、彼はこちらを困らせるようなこともしない。
「五十嵐なら無事に逃げたらしい。仙蔵が褒めていた」
 こちらが一番最初に思いついたことを言えば良いのだ。俺がそう言うと、長次は静かに息を吐いた。
「あと、悪いが小平太によく言っておいてくれないか。一応俺からも言っておくが、あいつは誰よりもお前の言葉に耳を傾ける」
 俺たちの話は大して聞いていない小平太だが、同室の長次の言葉だけは一言一句聞き漏らさないように聞くのだ。長次は、また何かを言いたそうに俺の方を見た。
「あいつは……認めたくはないが自制という意味では一番信頼できる」
 潮江文次郎はこのような局面では最も信頼が置ける。万が一気がきかずにいたとしても、仙蔵が何かを言ってくれるはずだ。
 気がつけば間違いなく自制する。
「嬉野遠子」
「嬉野?」
 ぼそり、と長次が呟いた人物の名前が突拍子がなさすぎて、俺は間抜けな声で聞き返してしまった。くのたま五年生の嬉野遠子。五十嵐敬助をお気に入りにしているくのたまだ。決して接点のないくのたまだとは言えないが、五十嵐の実習に関与する理由もないはずだ。
「嬉野遠子が噛んでいるらしい」
「五十嵐の性別のことを知っているのか」
 長次は首を傾げた。詳しくは知らないらしい。
 女の勘は鋭いとはいうが、とそんなことを考えながら、一体何故、嬉野遠子がこのようなことに関与しているのか、ぼんやりとそう思った。
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