女装少年とくのたま

女装少年とくのたまの段


 忍たまの中でも異質だった。何度も何度も同じような光景を見かけたはずなのに、一つ一つをよく覚えている。あれは、二年生に進級してすぐのことだった。暖かな日差しが降り注いでいたが、じっとして何かを眺めていると肌寒く感じるような、そんな日だった。
「また、補習かよ。アホのは組だな」
 二年生から独りぼっち。たった一人でいるところを同じ学年のい組の忍たまたちに囲まれてきゅっと唇を噛み締める。
「お前も来年やめるんだろ」
「みんな馬鹿だったからな」
 ニヤニヤと笑う同級生の横でけらけらと笑うのは尾浜勘右衛門。隣で含み笑いをしているのが久々知兵助。二人は学園に長くいた。
 学級委員。たとえ同じ組の者がいなかったとしても学級委員なのだ。責任感が強く、優しい学級委員は学園を去った友に向けられた嘲笑には敏感に反応した。
「そんなに子どもっぽいままだと、将来仲間に見捨てられたり裏切られたりするよ。私たちを馬鹿にすることでしか団結できない優秀ない組さん?」
 にーっと強気の笑みを浮かべる。成績の悪いと言われる彼女だったが、決して頭が悪いわけではない。手裏剣を投げられるのに対して、石で応戦する。
 お互い投げるものを投げ切った時だった。
「おい、どうした」
 走ってきたのは当時の六年生。面倒見の良いと評判の彼は、二年生同士の喧嘩を放っておきはしなかった。怒りのあまり俯いていた彼女だが、六年生を見上げ、そして涙を浮かべた。
「先輩、みんなが、私、ここを通りたいのに……」
 まだまだ体の小さな二年生。黒い癖毛を女の子のように纏めているせいか、小さな女の子のようだ。そのような姿のまま、大きな黒い目で見上げる。そして、地面には敬助の近くにだけ手裏剣が刺さっていた。
 彼女の投げていたものは石だ。証拠は残らない。
 い組の面々は抗議した。
「五十嵐を苛めるな」
 しかし、当時の六年生の学級委員長は、小さな後輩を引き寄せて、静かに言った。そして、い組の面々を追いかえす。
「今から補習があるので」
 彼女はふにゃりと笑顔を浮かべ、六年生の彼は微笑み、そして後輩を見送る。
「頑張って来いよ」
 強かだった。風でびくともしないほど強くはなかったし、風を避ける知恵もなかったが、強かだった。



 肌寒いというにはまだまだ暑いが、時折涼やかな風が吹くのを感じると、そろそろ秋だと思う。授業を全て終えた午後、青紫の簪をしゃらんと鳴らして、まだまだ強い日差しを避けるために、木陰で饅頭を頬張る。学園長から頼まれたお使いもなく、富松も食満先輩も実習で鍛錬はお休み、毎日の鍛錬は朝一に終えてしまい、そして学級委員長委員会も用具委員会もない。
 すぐ近くに見える食堂の窓からはおばちゃんの影が見えた。ぼんやりとそれを見ながら、甘い饅頭を詰め込む。
「まぁ、敬助君。今日も素敵ですね」
 若い方の山本先生が気配なく現れる。厳しいと言われる山本先生だが、直接指導を受けたことのない私は饅頭を落としそうになる必要は全くないのだが、そのよく通る声で突然話しかけられ、先程まで甘い甘いと思って食べていた、手元に残った饅頭の存在を忘れてしまった。
「山本先生にそう言っていただけると嬉しいです」
「これだけ綺麗に維持するのは大変でしょう」
 若い方の山本先生が、にっこりと笑って褒めてくださることなど滅多にないことは分かっている。しかし、素直に喜ぶことなどできなかった。柔らかい饅頭は手の中で潰れている。
「どう、くノ一教室にしばらく来てみないかしら?」
「くノ一教室にですか?」
 私は間抜けな顔で聞き返してしまった。私が女であることは、木下先生など接点の多い先生は気づいているようだが、ほとんどの教師は知らないことだ。ただ、山本先生ならば気付かれていても不思議ではないだろうと私は思っていた。しかし、それでも驚いたのだ。
 今までに私はくノ一教室と関わり合いを持ったことはほとんどない。勿論、忍たまとの合同実習を組まれることもあるのだが、それは外部で行う実習のみである。厳しく立ち入りが禁止されている。実習だけでも十分すぎるほど被害に遭っている私たち忍たまは、わざわざくノ一教室の敷地に入ろうなどと思ったことはなかった。
 そして、くノ一らしいと評されることの多い私だが、五年間、一度も山本先生に声をかけてもらったことはなかった。
「ええ、そうよ。あなたなら、きっとやっていけると思うし、私も教え甲斐があるわ」
 裏を読ませないような笑顔を浮かべて、山本先生はにこやかに言った。
「嬉しいのですが……」
 行きたくはなかったが、行きたくないなどとは言えなかった。言わせないだけの雰囲気が山本先生の笑顔にはあったが、それだけではなかった。
 くノ一のように容赦がなく用意周到だと言われる私だが、そのようにしたくてしているわけではないのだ。そうせざるを得ないのである。毎日毎日鍛錬を欠かすことなく続けていても、男女の身体能力の差は大きくなる一方だ。その中で、何とか食いつくには手段を選べない。結果、見よう見真似のくノ一の手法を取り入れて、やっと実習についていっている状態なのだ。
 勿論、見よう見真似のくノ一の術など、本物のくノ一とは比べ物にならないほど疎かなものだ。このまま六年生になって、この状態で乗り切ることができる保障はどこにもない。
 だからこそ、くノ一教室で、たとえ基礎の一部だけでも身につけることは、私の欲するところであった。
 ただ、私と同じ学年にいるのは、嬉野遠子という、私のことが嫌いで嫌いで仕方のない、私を見かけたら何かをせずにはおかないようなくのたまである。彼女と二人だけで授業を受けるとなると、この身が幾つあっても足りない気がした。
 山本先生は私の表情を見て、そして笑みを深めた。
「大丈夫です。あなたは基礎から学ばなければいけませんから、二年生の教室よ」
 その言葉に、私は思わず安堵の溜息を吐いた。山本先生が嬉しそうに見ていた。
 山本先生は嬉野遠子がお気に入りだ。当然のことだろう、と私は思っていた。もし私が山本先生の立場であっても、嬉野遠子のことを気に入るだろう。私は彼女が努力家であることを知っている。そして、唯一のくのたま上級生で、さらには面倒見も良い。乱暴な言葉は吐かず、常に冷静沈着だ。
 私の同級生になっていたかもしれない彼女。ありえないわけではなかった状況は、今の私には想像ができなかった。
 そんなことを考えていると、山本先生がふと横を見た。
「あら、遠子さん。いつの間に?」
 私は体を強張らせ、そして山本先生の視線の先を見た。
「ええ、私と同じ学年の忍たまを見かけたので」
 山本先生の視線の先には、すぐ隣の木陰があった。そしてねその木陰には嬉野遠子が立っていた。私と目が合うと、遠子は微笑み、そしてゆっくりと近づいてきた。
「こんにちは、五十嵐さん」
「遠子さん」
 遠子は私の目の前までやってくる。肌寒さを感じさせる風が吹く。そう、もうすぐ秋なのだ。
「くノ一教室に暫く来るんだね。嬉しいよ、同級生が増えて」
 彼女の性格を知らなければ絶対に騙されるであろうふわふわした笑顔を浮かべる。とりわけ美人でも可愛らしくもないが素朴な顔は、危機感を喪失させる。しかし、今まで嫌というほど騙されてきた私は体をさらに硬直させる。
 絶対嬉しくないだろう、とそう思いながら。
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