は組が投げる

用具委員長の段


 食満先輩が来てくれた時は驚いたが、嬉しかった。安心した。五十嵐先輩も頼りになるけど、食満先輩には敵わない。
 五十嵐先輩は怪我をしているのに関わらず、ドクタケ忍者を体術だけで組み伏せていた。食満先輩は武闘派だし、五十嵐先輩もどちらかというと好戦的な性格の先輩だ。この前、潮江先輩が先輩方のことを戦いが強いだけで忍者としては駄目だ、っておっしゃっているのを聞いちゃったけど、僕は強い先輩たちが好きだった。
 でも、先輩たちが怪我をするのは嫌だった。
 それに、五十嵐先輩は忍たまだけど、本当に女の先輩みたいだから、ちょっとでも傷がつくような怪我をしているところは見たくない。先輩の十八番が台無しになってしまうところは見たくない。
 富松先輩は僕たちの前で石を投げて牽制してくれているから動けない。だから、僕たちが何とかしなければいけなかった。
「しんべヱ、喜三太……僕が五十嵐先輩を呼びとめている間、ドクタケ忍者に石を投げることはできない?」
 どうして、と二人は首を傾げた。
「五十嵐先輩は怪我しているんだから戦っちゃだめだと思う」
 しんべヱと喜三太は顔を見合わせた。怒られると思ってちょっとびっくりしたけど、二人はすぐにほわんと笑って、良いよ、と言ってくれた。しんべヱも喜三太も優しいから大好きだ。ちょっとマイペースなところもあるけど、僕もそれは同じだから。
 僕は五十嵐先輩を探した。体術の勉強を始めるのは上級生になってからだから、僕は全然体術のことは分からないけど、五十嵐先輩の片足がほとんど動いていなことにすぐに気がついた。
 それでも五十嵐先輩は動く。僕は五十嵐先輩のそういうところが嫌いだった。それは食満先輩も同じ。食満先輩も五十嵐先輩も自分の限界はよく分かっているのに、自分の体をあんまり大切にしない。伏木蔵が、伊作先輩がよく怖い顔をしているって教えてくれた時は、当然だと思った。
 五十嵐先輩が近づいてきた時を見計らって大きく息を吸う。
「五十嵐先輩」
 滅多に出さない大声のせいか、調子の外れた声が出てしまう。五十嵐先輩がこちらを振り返って隙が出たところをしんべヱと喜三太が石を投げた。
 僕は忘れていたんだ。
 二人の投げた石は大きかった。力自慢のしんべヱがいるんだから当然なんだけど。でも、僕は忘れていた。一年は組って手裏剣とか投げるのが苦手だったことを。
 その巨大な石は五十嵐先輩の後頭部に当たり、五十嵐先輩は倒れ込んだ。
 すみませーん、と元気よく二人は謝っていたけど、僕もごめんなさいが言いたかった。二人にお願いしたのは僕だ。そのせいで、足だけじゃなくて頭も怪我しちゃうなんて。
 ドクタケ忍者は、突然のことでびっくりしていたところを、しんべヱと喜三太に石を投げられていた。
「平太、今のうちに」
 しんべヱのいつになく焦った声に促されて、僕は五十嵐先輩に近づいた。五十嵐先輩は意識がないのかうつ伏せになったままだった。まさか、死んじゃっているなんてことは……
「五十嵐先輩、大丈夫です……」
「おい、平太っ」
 富松先輩に悲鳴に近い声、食満先輩の五十嵐先輩への怒号が聞こえた。振り返ると、大きな石が迫っていた。避けたら五十嵐先輩に当たっちゃうけど、石が大きすぎて受け止めることもできないと思った。
 どうしよう、とそう思った時、かたい腕が僕の胴を締めつけるようにして巻きついた。青紫色に視界が遮られて、僕の体は浮いた。何が起こっているのか理解した時には、もう大きく上下に揺れていて、そして地面に擦り付けられるようにして下ろされた。
「ごめんね、怪我はない? 怖かったよね。本当にごめんね」
 五十嵐先輩の声でようやく、安全な場所まで来たことが分かった。五十嵐先輩は土だらけだったけど少しだけ微笑んでくれた。安心したのと、迷惑かけてしまったことと、五十嵐先輩が怪我していることを考えると、じわっと目頭が熱くなってきた。
 五十嵐先輩の困った顔がぼやけて見えた。
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