アホのは組と腐れ縁

用具委員長の段


 先輩は思ったよりも早く勘定を頼んだ。しんべヱの食べ過ぎが原因かと思ったが、そうではないらしい。穴に落ちた時に足を怪我したらしく、帰りに危険な目に遭っても困るので早めに帰りたいそうだ。先輩にしては珍しく冷静な判断だと不思議に思った。どうやら、平太が先輩の怪我に気付いて先輩に早く学園に戻ろうと促したらしい。
 怖がりな平太が五十嵐先輩に何かを言うなんてなかなか想像できなかったが、思い出せば平太は往路から五十嵐先輩にべったりだった。接点はなさそうだが、何となく気が合いそうな気はした。
 平太は見た目によらず言うべきことははっきりと言うし、五十嵐先輩は人の話を聞いてくれなさそうだが、確りと聞いてくれる人だ。だから、嘘ではないと思った。
 帰り道、厄介な者に見つからないと良いと思っていた。五十嵐先輩の足の怪我は酷そうだった。俺が予算争奪戦で怪我をさせたところと同じところだった。あの後、先輩は同じ場所をもう一度実習で怪我したらしい。先輩は何事もなかったかのように歩いているが、痛いに決まっている。もし、山賊に出くわしても全力で相手はできないだろう。
 三人の一年生と怪我を負った先輩。もしものことがあった時は、三年生の俺が何とかしないていけない。もし、たくさんの山賊や忍軍に会ってしまったらどうしよう、と考えると頭がくらくらした。
 そんなこと考えていた矢先だった。
 平太っ、と五十嵐先輩が強く平太の名前を呼んで、平太の手を引っ張って自分の方へ引き寄せた。平太は先輩にぺったりとくっついて、不安げに先輩の顔を見上げていた。
 俺も足を止めて、しんべヱと喜三太の手を引いた。人の気配がしたのだ。がさがさと前方の茂みから音がした。
「お前たちは、忍術学園の忍たまではないか」
 現れたのは特徴的な赤装束の忍者たちと、見慣れた、とまではいかないが顔ぐらいは知っている、忍術学園では有名な忍者隊首領。五十嵐先輩は平太を隠すかのように背に回し、しんべヱと喜三太はなーんだ、とでもいうような顔だ。一年は組らしい反応ではあるが、もう少し焦れないのだろうか。
 そういえば、一年は組は稗田八方斎と関わり合うことが多いらしい。腐れ縁とでもいうのだろうか。
「五年の付き合いなんだから、いい加減名前を覚えろ、ドクタケ忍者隊首領の稗田……なんだっけ」
「ドクタケの稗田八方斎だ。当てずっぽうでも良いから言ってみろ」
「稗田ザーサイとか、稗田チンゲンサイとか、毎回考えてやるのも疲れたんだよ」
 五十嵐先輩には全く緊張感はない。大丈夫なのだろうか。先輩は五年生だが、怪我をしている。稗田八方斎を怒らせるようなことをする余裕があるのだろうか。
「富松先輩、稗田八方斎っては組と腐れ縁なんですか」
 平太が俺の方を振り返って、青白い顔で尋ねた。
「少なくとも三年生は違うと思う」
 藤内も数馬も、ドクタケ城主にしょっちゅう出くわしているなんて言ってきたことはない。大体、一年は組と五十嵐先輩って、何かちょっと似た雰囲気がある。なんだろうか。言葉には表せないが。
「囲まれたか」
 五十嵐先輩の呟きで、漸く俺は数十人のドクタケ忍者に囲まれていることに気付いた。ドクタケ忍者隊は間抜けなところもあるが、プロの忍者たちばかりだ。ひやりと冷たい汗が背中を流れた。
 もし捕まったら、と考える。ドクタケ忍者隊は忍術学園の場所は知っているが、忍術学園の見取り図などは持っていないはずだ。火薬庫の場所や用具倉庫の中のことなどを聞き出そうと拷問されることもあるかもしれない。
「先輩、どうします?」
 数十人のドクタケ忍者を相手にできるはずがない。恐る恐る先輩に尋ねると、先輩はびしっと稗田八方斎を指さした。
「大人しく捕まってやる」
 片手で平太の肩を引き寄せ、もう片方の手を自らの腰に添えて仁王立ちをする五十嵐先輩。
 先輩、何でそんなに偉そうなんでしょうか、と俺は思わず訊きたくなった。
 そんな五十嵐先輩に、捕まっちゃうんだ、と顔を見合わせる緊張感のないは組の二人。俺は心配性だと言われるが、は組の三人を見てどうにかなるんじゃねぇか、と根拠が何一つないのに思ってしまった。
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