面倒臭い学級委員

短編


 仲間のために我が身を犠牲にするなんて俺には似合わない。そういうのは八左ヱ門辺りがやる。俺は仲間を切り捨ててでも忍務を優先する人間だ。
 そういうことは変わるものではないと思っている。だから、俺は一生このままだ。
 兵助と伊助に付添って火薬の値段を見に行った帰りだった。足を踏み外し崖から落ちそうになった伊助を兵助が助けようとした。しかし、兵助も体勢を崩したのだ。たまたまだった。俺が兵助の腕を掴もうと近づいた際に踏んだ岩が悪く、俺は崖から落ちてしまった。
 そこから先は記憶がない。衝撃で意識を失っていたらしく目が覚めた時には辺りは暗くなり始めていた。腹が減った、と思いながら崖の上を見上げていると、背後からがさりと音がした。思わず体が強張る。しかし、ほぼ同時に流れてきた聞き慣れた声にすっと力が抜けた。
「あーあ、い組見つけちゃった。そのまま野垂れ死んでくれれば良かったのにね」
 しかし、やってきた人物は予想外ではあった。
 同じ組でその場に居合わせた兵助や、人の好い雷蔵と八左ヱ門、同じ委員会の鉢屋なら分かる。い組嫌いなこいつがなぜわざわざ探しに来たのかが分からなかった。俺の足を手早く頭巾と太い枝で固定すると、立てるだろ、おい立て、と言いながら背中を蹴り始めた。あの善法寺先輩の妹なんて信じたくもない。それが怪我人に向ける態度かよ、と助けにきてもらったのに関わらずそう思ってしまうような態度だ。
「まさか、お前が探しにくるとは」
「しょうがないだろ」
 黒い髪に青紫の髪飾りを巻き付け、腕を這う椿象を手で払いながら五十嵐は言う。続く言葉を待っても何も言わない。どうやらその言葉はどこにでもいるような椿象よりも平凡で、薄っぺらいらしい。
 ああ、そうだ。その言葉の裏に何かが張り付いているんじゃないかと疑った俺が馬鹿だった。俺みたいなやつと面倒臭いやり取りをしないためのただの処世術でしかないのだ。彼女の兄が使う文句のように。
「穴と崖に落ちた奴を探し出す力を恨む。何が楽しくて、こいつと一緒に学園まで歩かないといけないのか。くっそ、綾部の野郎、穴と一緒に埋めて再起不能にしてやる」
 五十嵐はかったるく歩きながら、ぶつぶつと呟く。
「お前もだ、尾浜。背後には気をつけろよ。本当になぜ休みの日に、わざわざい組と歩かないといけないのか」
「兵助には甘いのにな」
 落ちそうになった兵助ではなく、なぜ俺のことばかり責めるのか。そう思った時に、こいつが兵助の悪口を言っているところを聞いたことがないことに気付いた。いつも俺の前で言うのは俺か綾部か六年い組の先輩方の悪口だ。
「久々知に甘い? 私が? あのい組に?」
 彼女は鼻で嗤った。
「久々知はあんたの組だろう」
 わざとらしく強調するように言う。
「学級委員の前では悪口は言わないっていうこと?」
 五年前、一年は組学級委員として級友たちに囲まれていた五十嵐は、たって一人の組でその後四年間、学級委員を務めた。そういえば、彼女が怒る時は級友が馬鹿にされた時だった。たって一人になっても、級友を馬鹿にした者には牙をむき出しにした。
「そうだ。つまり、久々知の前ではお前の悪口は言う」
 まぁ、良いけどさ。振り返りもせずにずんずんと歩いていくその背に向かって、唇だけで呟く。
「私は覚えているよ。一年間しか過ごさなかったけど、一人一人、どんな奴だったか」
 みんなみんなね、と続けた。そして、いきなり足を止める。
「そういうわけで、一言でもあいつらの悪口言ってみろ。崖から突き落とす。別に、言わなくても突き落としたいけどね」
 化粧をした顔には意地の悪そうに歪んだ笑顔を張り付けられていた。俺は気遣いができることを理由にして学級委員に推薦されたが、こいつは違うのだ。面白いはずがない。昔からそうだった。
 ただ、憎めない。
 振り返った際に揺れた青紫の髪飾りは赤い夕焼けを黄土色の靄でぼんやりと霞ませた。彼女の大切な実兄が彼女のために選んだ彼女の宝物。土煙りに汚れたお気に入りの髪飾りを見たら憎みたくても憎めない。なぜ俺のせいで髪飾りを汚したことを責めないのか。気付いているのに関わらず、なぜ一言も触れないのか。
「面倒臭……」
 学園の門が見えると、俺を置いてさっさと歩いていってしまった。その背を見送り、我慢していた本音を漏らした。



「面倒臭いって? お前に比べたら大したことないだろう、尾浜」
 明るく能天気な顔の下に自嘲を隠す。その下にあるものは決して悪くはないのに関わらず。器用で人の感情の機微にはすぐに気付く癖に、自分の感情には鈍感なのだ。
 これを面倒臭いと言わずして何と言おう。
「思わず手を差し伸べたり、下級生の馬鹿につき合ってやったりするあんたも相当なお人好しだよ」
 黒木と今福が誕生日の祝いをこっそり用意している。後輩と距離を置くあいつが、最初の一瞬だけ見せる間抜け顔を確りと見てやろう。そうもしないと、見送ってくれた可愛い後輩たちに、尾浜を見つけるまで帰ってくるなと言われた可哀想な私が報われないだろう?

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