私だけの久しぶり

短編


 天才と評されるろ組の学級委員鉢屋三郎と、常に成績はギリギリを行く五十嵐敬助。二人は仲が良かった。
「お前のせいだぞ」
 二年生にして変装名人と呼ばれている鉢屋三郎は、相方の不破雷蔵そっくりの顔を不快そうに歪めた。
「私のせいじゃないよ。天才の癖に捕まったあんたが悪い」
 二年生にして女のように性格が悪いと評される五十嵐敬助は鼻で嗤った。
「お前も捕まっているだろ」
「そうだ、お前たちは捕まっているのだ」
 がははははははは、と二人の前で派出に笑うのはドクタケ忍者隊首領の稗田八方斎。二人は縄で縛られた手をもぞもぞと動かしながら、ぎろりと八方斎を睨みつけた。
「俺の天才の名に瑕がついた」
「あはははは、ざまぁ」
 つまりドクタケ忍者隊に捕まった二人の忍たま二年生は喧嘩をしていたのである。



 その日、仲の良い二人は山を越えた先にある町に出かけようとしていた。鉢屋三郎と一緒にいる不破雷蔵が図書委員の用事で外出していたのだ。暇で不機嫌な鉢屋三郎に声をかけたのは、同じ組の子がいなくなってしまった五十嵐敬助。
 学級委員長同士で仲の良い鉢屋三郎は、町の団子屋さんに行こうという敬助の言葉に快諾した。
 二年生の二人がちょこちょこと町に向かっている途中に出くわしてしまったのがドクタケ忍者隊。抵抗もむなしくあっさりと捕まってしまった二人は、手足を縛られ日が暮れていく様を眺めていた。
「ドクタケ忍者隊は何をやっていたんだろうね。まさか、忍たまを待ち伏せして捕まえようとしていたわけではないだろうから」
 本営の中で、騒いでいるドクタケ忍者隊を眺めながら、五十嵐敬助は鉢屋が何とか聞きとれる程度の大きさの声で呟いた。自分たちがいるのに関わらず、城がどうのこうの言っているドクタケ忍者隊はいつもと同じだなどと呑気に考えながら、敬助は欠伸をした。
 そして、不自然なことに気付く。
「なんだ、天才のくせに怖いのか」
 いつもならぺらぺらと喋るはずの頭の良い三郎が黙りこんでいたのだ。不破雷蔵そっくりの顔に暗い色を浮かべる鉢屋三郎は、慌てて顔を上げ、敬助の方を見た。
「怖くない」
 そして、鉢屋三郎は早口でそう返した。
「ほぉー、怖くないの。じゃあ、私ころころっと転がって、周囲の様子を見に行ってくるよ。そのうち稗田八方斎がくると思うけど、何とかここにそのまま残っていてね。何をされても稗田八方斎についていってはいけないよ」
 人差し指を立て、にやにやという笑みを押し殺しながら敬助は言った。
「俺も行く」
「何で?」
 顔を青くして、敬助の思うがままのことを言った鉢屋三郎に、敬助は用意していた質問を即座に投げつけた。勿論、口角は綺麗に上がっている。もう敬助は芝居を続ける気はなかったのだ。
「くのたまみたいに性悪だよな、お前」
 鉢屋三郎は五十嵐敬助の意図に気付いたのだ。呆れたような顔をして、彼にしては素直に降参の意を表明した。
「私は五十嵐伊勢だからね。さあ、伊勢と呼びたまえ」
「嫌だ」
 敬助はにやり笑って、何かを尋ねたそうにしている鉢屋が口を開く前に続けて言った。
「それじゃあ、私は寝るから。おやすみー」
「おい、何でそんなに落ち着いているんだ。って、寝るの早すぎるだろ」
 鉢屋は悲鳴に近い声が響いたが、ドクタケ忍者隊も騒いでいたため気付かれることはなかった。



 つんつん、と肩をたたく感覚で、鉢屋三郎は目が覚めた。目の前に広がる赤いサングラス。ああ、ドクタケに捕まっていたんだ、などということを思い出すと、頭の中に冷水がいきわたるような感覚がした。
 だからだろう。
「大木先生……」
「よく分かったな、鉢屋」
 大木雅之助。忍術学園の二年は組の教師だ。
 鉢屋はすぐ隣で縛られたまま座っている敬助を見た。先に起きていたように鉢屋には見えたが、鉢屋の言葉でようやく担任の教師であることに気付いたらしい。敬助は縄を解かれながら、目を丸くしていた。
「気付かなかったのか。そんな学級委員で良いのか、敬助」
「学級委員が不安がっていたらオシマイだよ、鉢屋」
 頭は完全に覚醒しているらしい。即座に切り返される。話を戻すな、という言葉が喉まで出かかっていたその時だった。
「君はまだ、頼られるんだから」
 たった一人の学級委員なんて滑稽だ、と明るくけらけらと笑っていたのはついこの間のことだ。
 一体どんな表情をしているのか。それを知りたくて慌てて鉢屋は敬助の顔を見たが、その表情にはすでに笑顔が広がっていた。
「大木先生助けに来てくださってありがとうございます!」
 元気よくそう言って、笑う。鉢屋三郎は、今まで五十嵐敬助を何度も騙し、また五十嵐敬助の表情に何度も騙されてきた。ただ、その表情には嘘偽りがないように感じられた。
「よし、どこんじょーだ」
 自分たちが逃げたことを知らせる声が行き交う中、大木雅之助が走りだす。
「ちょっと待ってください、先生。どこんじょーで逃げられるものではありませんからね」
「良いランニングだぁ。二人とも、後れをとるな」
 待てぇ、と追いかけてくるドクタケ忍者隊たちから時々ずっこけながら転がり落ちるように逃げていく。
「鉢屋、大丈夫?」
 そう尋ねてくる敬助は、息も絶え絶えでその言葉を言い切るのにやっとのようだったが、鉢屋にはとても幸せそうな表情に見えた。
「お前こそ、大丈夫か、敬助?」
 そう尋ねると、勿論、と敬助は笑った。
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