怖がりな後輩

用具委員長の段


 顔色が悪くて臆病だと言われている一年ろ組。あまり接点がなかったからそういうものだろうと思っていた。でも、食満先輩を止めようとする下坂部を見たとき、噂は噂でしかないことを悟った。
 食満先輩は歳の離れた後輩にしてみれば怖いに決まっている。六年きっての武闘派と言われている上に、よく怒鳴る。私は一学年しか違わないと言うこともあるし、あの先輩はしっかりと話をすれば、話を聞いてくれることも知っている。だから、私はあの先輩にしっかりと正しいことを言うことができる。
 同じ委員会とはいえ五つも歳の離れた後輩がそんなことをしようと思っているなんて思わなかった。熱くなっている先輩を止めようとすれば怒鳴り返される。下坂部は用具委員だ。それを知らないはずもないだろう。説明すれば分かってくれると頭で理解していても、それを実行できる人間がどれだけいるだろうか。
 私はできない。でも、下坂部はやろうとした。少々の怪我も覚悟していたと思う。怖がりではあるが、彼は臆病ではない。
 福富と山村のぱくぱくと食べる姿とは対照的に、下坂部は一つずつ口に含んでもごもごと口を動かす。そして、なぜか彼は私の方を見ていた。顔を見ている時もあるし、私が下坂部の方を見た時には足を見る。なかなか目は合わせてくれない。往路で進んで私の隣にやって来た彼は、私のことを嫌っているわけではないだろうが。
「先輩、足を怪我されていたんですか?」
 ただ、私と目が合わせられないだけだと思っていた。まさか、足元を観察されてもいるとは思ってもいなかった。
「ああ、これね。でも、このくらいだったら大丈夫」
 穴に落ちた時に足を挫いたのだ。この足首は富松の多節棍が当たった後、伊作の後に響く関節技で捻った。それが完全に完治していない間に穴に落ちた衝撃で再び捻ったのだ。腫れが酷く見えるのは当然のことである。
「ただの捻挫にしては腫れが酷くないですか? 早く帰って手当てをしてください」
「大丈夫だって」
 気にしなくて良いよ、と笑いかけた。このくらいなら学園には戻れる。一年生に心配されるほどの怪我ではないのだ。
「先輩、もし、帰りに山賊とかに会ったら、先輩はどうなさるのですか?」
 椅子に広がった袴の布が擦れるように動いた。竹の板の上に広がる私の袴を小さな手が掴んでいた。無意識なのだろう。今にも泣き出しそうな顔で、私のことを見上げる。こういうところが、怖がりと言われる理由だろう。
 彼は怖がりではあるが臆病ではない。
 彼は必要以上に人を怖がる。それでも、それを抑えて正しいことを言える子だ。怖いもの知らずではなく、怖いことを知っているがそれでも行動を起こせる。食満先輩が可愛がる理由がよく分かる。
 彼の言葉は正論だった。私が大丈夫でも、彼らが困る可能性がある。言い訳のしようがない。しかし、これが言える子がどれだけいるだろう。私はお世辞にも面倒見の良い先輩とは言えない。優しい先輩ではない。
 彼と二年間しか過ごせないのが残念だ。成長した姿を見てみたいと強く思った。
「そうだね、平太。私が悪かったよ。じゃあ、暗くならないうちに帰ろうか」
 頭を撫でると、はいー、っと青白い顔で控えめに笑った。ほっと安心したような表情をして、はむっと団子を小さな口に含んでいた。
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