二人の先輩

用具委員長の段


 五十嵐先輩は二つ上の先輩だったが、一つ上の四年生よりはずっと話しかけやすかった。五年生の中では目立つ先輩だが、四年生ほど濃いわけではない。用具委員長の食満先輩と仲が良くて、そして暗器の得意な五年生の中では異質な忍び刀使い。
 組別の対抗戦の時、俺に襲いかかって来たのは伊作先輩に変装してた五十嵐先輩らしい。女装趣味で華奢な体躯をした先輩だが、流石食満先輩から教えを請うていると言われて頷けるような強さだった。
 委員会対抗戦では、三節棍で足を叩きつけた。痛みはあったはずだ。それだけではなく、帰り道に先輩は包帯を巻いていたから、怪我もしていたはずだ。しかし、先輩はその時に何事もなかったかのように木の上に跳躍した。
 成績は悪いが実践に強いと言われている先輩の強さを目の当たりにした。
「食満先輩って戦い始めると周りが見えなくなるじゃねぇですか」
「確かに見えなくなるね」
 組手を終えて、縁側で話をする。
「まぁ、要するに、潮江先輩がいなくなれは良いんじゃない?」
 人差し指一本立てて、五十嵐先輩は朗らかに言った。孫兵には優しいからすっかり忘れていたが、この先輩はい組嫌いだった。ある意味、犬猿の仲である食満先輩が言っていることよりも酷い。
「いや、それは困りますって」
 富松が困るんだったら仕方ないなぁ、なんて五十嵐先輩は心底残念そうに言った。俺だけじゃねぇと思うんですけど、と言おうとしたが、五十嵐先輩が聞くはずもないので黙っていた。
「一年坊主たちも辟易していますし、巻き込まれて怪我なんかしないかひやひやしてしまいまして」
 普段は面倒見の良い先輩だが、一度火が付くと周囲が全く見えなくなる。何を言っても無駄だ。後輩を巻き込もうとするのも性質が悪い。
「じゃあ、いつも苦労している富松と一年生たちを、優しい五十嵐先輩がお団子屋さんにつれていってあげよう」
 何がじゃあなのかが分からない。しかし、俺はそんなことではなく、別の委員会の五十嵐先輩が用具の後輩を団子屋に連れていくなんてことを言ってきたことに驚いた。慌てて五十嵐先輩の方を見るが、先輩は足をぶらぶらさせて上機嫌そうにしているだけである。
 裏があったら怖い、と俺は思った。そんな先輩ではないと思いたいが、潮江先輩や立花先輩、綾部先輩に対する先輩の態度を見る限りでは、ありえないとは言い難い。
 この食えない性格が女っぽいと言われる理由の一つになっているくらいだ。
「学級委員会の後輩に振られたんだけじゃねぇですか」
 それは焦りから生まれたただの思い付きだった。冗談のつもりだった。
「何で知っているの?」
 五十嵐先輩は目を丸くしてそう尋ねてきた。心なしか声が大きい。
「本当だったんですか?」
 驚いた。しかし、学級委員の一年生を団子屋に誘って断られる五十嵐先輩は案外容易に想像できた。五十嵐先輩と冷ややかな一年生の姿を想像するとと思わず口角を上げてしまった。しかし、そんなことをゆっくりと考えている余裕はなかった。
「先輩に鎌をかけたな、おい」
 悪気はなかったが、先輩の言うことは正しい。声を低くして言われて思わず体が強張った。乱暴に頭が乗せられる。まさか、殴られるのかもしれない、と思わず謝罪の言葉を口から出そうとした。しかし、五十嵐先輩は何もせず、ただゴシゴシゴシと豪快に俺の頭を撫でて、ニィっと歯を出して笑った。
 女装の腕は忍たまで一番と言われるだけあって、先輩の動きが柔らかい。でも、こういう風に頭を豪快に撫でてくるところは男らしいと思う。何故なのか、という問いの答えはすぐに出た。
 五十嵐先輩の笑い方とか動きは、少しだけ食満先輩に似ている。このやろー、と笑う先輩の姿が機嫌の良い時の食満先輩の姿と重なった。
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