王様の賭け

天女様と王様の段


 アホのは組とからかわなくなったのは、それほど最近の話ではない。女は執念深いとは言うが、五十嵐が俺を嫌うのは本当に過去だけが原因なのだろうか。
 五十嵐は若武者の姿を好んでいた。得意武器が忍び刀ということもあり、剣術に長けていたからだ。剣術に関しては、五十嵐は五年生の中で抜きん出ていて、誰も勝負にならない程の実力だった。
 元々好戦的な性格。女装癖さえなければ、忍者よりも武士に向いていると思っていた。隠れることが苦手で、逃げることが嫌いで、正義感が強い。
 それが五十嵐の長所であることはよく分かっていた。ただ、俺はその側面しか知らなかったのだろう。
 だから、どこか見縊っているところがあったのかもしれない。人間としてではなく、忍たまとして。


 諏訪が忍び刀を持ってきたことには驚いた。誰だかわからない忍たまにお願いをした、と言っていたところから、とりあえず善法寺先輩と食満先輩でないことだけは分かった。
 菅井を追いかけた先には何故か五十嵐がいた。片足が不自然に曲がっていて、屋根から落ちたかのように座り込んでいた。青紫の制服は赤黒く汚れているところがあった。
「足怪我しているんだろ、じっとしときなよ」
 諏訪と共に五十嵐を背を向けて、菅井を見据える。苦無を喉元にあて、諏訪の忍び刀と挟みこむようにして菅井を捕える。
「……私を元の場所へ戻してください」
「元に戻せ。五十嵐よりも痛い殺し方してやる」
 諏訪は声だけではなく、手も震わせていた。
「司ちゃん、何が嫌だったの? ほら、みんなに好かれて……」
「……そんなことは望んでいません。だから、帰してください」
 首に赤い線が走った。痛っ、という菅井の声に諏訪は表情一つ変えない。
「私は人に好かれるために生きているわけじゃない」
 俺は菅井に苦無を当てたまま、五十嵐のことを考えた。人に嫌われることが苦にならないが、癪だから私も嫌いになる、というのが五十嵐の考え方だ。
「分かった。帰してあげる。もう一度来たいって言っても無理だからね」
 菅井が流れ落ちる自分の血を横目で見ながら、顔を青くして言った。それと同時に、諏訪の体が薄くなっていく。
「五十嵐、待っているから」
 諏訪は五十嵐の方に振りかえり、五十嵐の手を握って微笑んだ。そして、五十嵐が何かを言う前に消えた。それと同時だった。俺の隣に影が差す。
 油断していた。まさか、着地できないほどに足を痛めていながら、素早く動けるなど思ってもいなかった。俺の横を抜けたと思ったら、鮮血が飛んだ。白い刃が首の骨と骨の部分を綺麗に通り、菅井の首はあっさりと落ちた。
 首の骨と骨の僅かな間に躊躇いなく刃を通すことは難しい。知識的にも技術的にも精神的にも、武士にはできない技だ。しかも、相手は女子。
 しかし、それは最も苦しまない死に方だ。
 五十嵐はまるで倒れこむようにして座り込み、血塗れの忍び刀を土に突き刺した。
「見惚れた」
「それはどうも」
 俯いた顔からは表情が窺えなかった。ただ、愛想のない返事は五十嵐らしかった。
「化け物だったんだな」
 飛んだ鮮血も首も胴体も、いつの間にか消えていた。
「いや、女の子だったよ」
 五十嵐は菅井と諏訪が消えた場所をぼんやりと見ていた。そして、俺の方を胡散臭そうに見た。
 俺は五十嵐が歩けないことを悟った。俺がいなくなってから、ゆっくりと誰かを待つ予定なのだろう。端から俺に頼る気はないらしい。
 俺はしゃがみこんで五十嵐の腕を引いた。賭けだった。俺にしてみたら、鉢屋を挑発した時よりもずっと勝率の低い賭けだった。
 ただ、この賭けに失敗しても、俺も五十嵐も何の損もしない。
 抵抗されると思っていた。しかし五十嵐は抵抗しなかった。五十嵐の腕を肩にのせるのは容易で、俺は腕を肩にのせて支えたまま立ち上がる。
「半分くらいはお前のせいだからね」
 それについては素直に悪いと思っていた。五十嵐の怪我のことを考慮に入れずに鉢屋を挑発した俺が浅はかだった。
「分かってるよ」
 そう答えると、あっそ、と愛想のない返事が返ってきた。
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