変装少年の気持ち

天女様と王様の段


 実習は鬼ごっこだった。容赦なく投げられた手裏剣は肩と足に刺さっていた。用具倉庫の前に置いてあった修理済みの縄梯子を使って屋根を登る。用具委員長の怒った顔が脳裏を過ったが、私は縄梯子を投げ捨てた。怒られ時には鉢屋のせいにすれば良い。
 私を見た時の三人の反応、特に鉢屋の反応を見た時、仲が良かった分、ここまで敵意を向けられると精神的に辛いなぁ、と思った。しかし、気にしていても仕方がない。私は苦無を握り、屋根を駆ける足を止めた。
「ねぇ、鉢屋。私はあんたを邪魔しようとは思ってはいなかったんだよ」
「じゃあ、何故、尾浜を通した?」
 私の苦無が届かない程度の間合いを取ったまま、縹刀を持った鉢屋も立ち止まる。縹刀が投げられることは分かっていたが、私は縹刀に集中することなく、口を開いた。
「私が通したんじゃない。諏訪が通したんだよ。私はい組なんてお断りだよ。知っているだろう」
 飛んできた縹刀が太股を掠った。冷たい風が傷口に当たった。足が痺れていく。痺れ薬が塗られていたらしい。これは最初から話がしたかったのだろうと私は思った。
 それは構わない。
「お前は尾浜が嫌いだろう?」
 不快そうな表情とその言葉から、鉢屋が単に尾浜を妬んでいるわけではないことを私は悟った。
 諏訪が来る前から、鉢屋は変だった。鉢屋は私に対しては気が長い方だが、何故か苛々しているようだった。委員会対抗戦の前夜は、鉢屋が何を思っていたのか私は全く理解できなかった。ただ、今なら分かる。
「一度しか言わないよ」
 言いたくないが、言わないといけない。
「私は尾浜のことも、久々知のことも嫌いじゃない」
 鉢屋が五年生のことが好きなのは知っていた。ただ、鉢屋がなぜ私とい組の二人を和解されようと躍起になっているのかが分からなかった。他人の好き嫌いを彼是言うなど、我儘だと思っていた。
 ただ、伊作と食満先輩の喧嘩を見て気付いた。私はお互いに嫌悪感を抱く二人を変えたいと強く思った。他人の気持ちを変えようなんて無茶なことだ。それが分かっているからこそ、それを望む愚かな自分が腹立たしかった。
 そして、もう一つ分かったことがあった。
「諏訪は尾浜を選んだ。ただ、私は尾浜とあんただったら、あんたを選ぶよ」
 私は伊作にも食満先輩にも選ばれなかった。他人の気持ちなんて変えようもないのに関わらず、私は辛いと感じた。
「悪かった。足、怪我しているだろ」
 照れ隠しのように俯いて、鉢屋は私の前までやってきて足を見た。
「昨日も悪かったんだけど、今日の方がもっと悪くてさぁ」
 痺れ薬も効いているため、片足が全く動かない。歩けないことはないが、引き摺らなければいけない。
「片足は動くから、医務室行ってくるよ。鉢屋は先生に医務室に行ったって伝えといてくれない?」
 気をつけろよ、と言う鉢屋に背を向けて、私は足を引き摺って歩き出した。医務室に行く気はない。長屋で甘いものを食べて休もう、と思っていた。
 屋根から飛び降りる。普段なら簡単に着地できるのだが、片足に力が入っていないからか、べちゃっと尻もちをついた。それと同時に、目の前から悲鳴が聞こえた。痛いなぁ、なんて思う暇なく驚いて顔を上げる。
 私の目の前には予想外の人物がいた。
「菅井さん?」
 目の前にいたのは、菅井紫音だった。
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