王様と女傑

天女様と王様の段


 廊下で五十嵐を見かけた時、すぐ隣に見たことのない少女がいた。こちらに気がついて片手を上げて笑顔で挨拶してくる五十嵐の隣にいたからだろうか。いや、違う。俺と伊作を見た瞬間、彼女は不快そうに眼を細め、顔を強張らせた。
「諏訪、うちの兄貴と食満先輩」
 五十嵐が俺たちのことを紹介すると、彼女は頭を下げた。見るからにおとなしそうで、実際も小さくぼそぼそと名前を言った。しかし、俺を見上げるその表情は明らかに嫌悪感を示していた。
 流石の五十嵐もそれに気づいたらしい。
「では、次は美術なんで、失礼します」
 ほとんど言葉を交わすことなく、その少女と一緒に南棟の方の渡り廊下へ早足で歩いていった。
 その少女は諏訪といって、仲は良いらしい。しかし、伊作は言っていた。自分が家にいる時には絶対に遊びに来ない、と。




 五十嵐が厠に行っている間に話の続きをする。菅井が夕方に出てくること、そして菅井が諏訪が一人でいる時にしか出てこないと言うことを聞いた。そして、おそらく俺たちが動いていることに気付いていないということも。
「実体はあります。ただ、彼女は姿を消す時、必ず走り去ります。ですから、追い詰めてしまえば姿を隠せないでしょう」
 そうなれば話は早い。
「明日、五十嵐の実習を何とかして長引かせる」
 俺の仕事はそれだ。五十嵐を関わらせない。これはこいつの希望であり、俺の希望でもある。
「よろしくお願いします」
 用は済んだので、とりあえずお菓子の詰め合わせの袋を持って立ちあがった。その時、七松先輩が何か甘味を買ってきていたのをふと思い出した。
「そういえば、七松先輩が……って分からないか」
 途中まで言って、諏訪が人の顔を覚えるのが極端に苦手だったことを思い出す。案の定諏訪は、ええ、すみません、とだけ申し訳なさそうに答えた。しかし、その後思い出したかのような顔をした後、表情が変わる。
「……食満先輩と善法寺先輩だけは覚えました。もう二度と忘れません」
 いつもと変わらないぼそぼそとした声でそう言った。そして、尾浜さんも覚えました、と遠慮気味に続ける彼女を見て、前者二人と同じ括りに入れられなくて良かった、と心の底から思った。



 五十嵐の部屋から出ると、鉢屋とすれ違った。俺は通り過ぎようとする鉢屋を呼びとめた。
「鉢屋、今、諏訪と五十嵐の部屋に遊びに行って来たんだ。あいつ、俺は通してくれてさぁ」
 わざと笑顔を作ってやる。
 鉢屋が怒りを感じることは計算済みだった。悪いな、五十嵐。お前のためなんだ。そう思いながら鉢屋を挑発した。因みに鉢屋には悪いとは思っていない。とりあえず、俺も諏訪も、これ以上五十嵐をこの問題に関わらせる気はなかった。
 実習ならば先生の監視下だ。酷いことは起こらない。それに、五十嵐に当たるのは鉢屋から俺へ向けた恨みの残りかすのようなものだ。俺はその時そう思っていた。
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テーマ「人外ファンタジー」
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