敵もいれば味方もいる

六夜の戦の段


 敬助が一糸纏わぬ姿で飛び込んできた時は、頭の中が真っ白になった。僕は布団の中で本を読んでいたのだが、慌てて布団から這い上がった。
「不破、鉢屋、匿って」
 三郎が素早く立ちあがり、勢いよく戸を閉めた。僕は慌てて箪笥の中から予備の浴衣を出して敬助に近づいた。何があったかを訊くのは後だ、とそう思っていたが、白い肌に残る紅い縄の痕を見つけて息をのんだ。
 体中に走る紅い縄の痕に一糸纏わぬ姿。何があったかは容易に想像がついた。
 ただ、こんなことを誰がしたのかは見当もつかなかった。確かに敬助は女の子だが、黙ってやられるような人間でもないし、善法寺先輩には悪いが、彼女に対して何かをしようとする人間もいない気がした。
「立花先輩から逃げてきた。追われているかもしれない」
 敬助の声は冷静だった。それで、僕は何か事情があることを悟った。ただ、どうして良いのかが分からない。
「雷蔵、八左ヱ門呼んで来い」
 三郎の鋭い声で、僕は我に返った。行ってくる、と慌てて外に出る。
「八左ヱ門が来たら、井戸に水汲みに行ってやるからな。とりあえず、羽織っとけ」
「ありがたい」
 二人の会話を背に、僕は隣の部屋に八左ヱ門を呼びに行った。八左ヱ門はまだ起きていた。僕は事情を説明するよりも前に彼を引っ張って僕たちの部屋の扉を開けた。事情を説明しなくてもついてきてくれるのが八左ヱ門らしい。
「こんな夜遅くに、いきなりどうしたんだ……」
 そう言いながら、僕たちの部屋を覗いた八左ヱ門は絶叫した。
「竹谷、期待を裏切らない反応だね」
 三郎の予備の白い浴衣を、なぜか中途半端に羽織った敬助は八左ヱ門の反応を見て、愉快そうに笑った。



「アレな六年生のアレにも耐えられるかっていうアレな実習」
 意味は分かるが、もう少し面倒臭がらずに言葉を選べなかったのだろうか、と思う。しかし、悲しいことに十分通じるし、六年生らしさは出ている。
 六年生って何でああなんだろうなぁ、と思っているのは五年生で共通している。
「だから、逃げるっていう選択肢もあって、今回、私はそれを選んだんだけど……ほら、私嫌われてるからさ。嫌ってもいるけど」
 だから、この部屋に来たんだよね、と五十嵐は笑った。確かに、流石の立花先輩でも五年ろ組の誇る名物コンビに五十嵐相手だと梃子摺るだろう。俺が呼ばれた理由もおそらく立花先輩対策だ。
 しかし、最後の一言は必要だったのか。そういうところが理解されない原因なのに、と思うが、五十嵐らしいといえば五十嵐らしい。
「そういうわけで、一晩泊めてもらおうと思ってさ。しかし、護衛三人付きとか豪華だね。まるでお姫様」
 あはははは、と五十嵐は明るく笑った。
「誰が姫だ。大体、今晩、お前を寝かせる気はさらさらない」
 何を血迷ったか、三郎、と俺は思ったが、俺が何かを言うよりも先に五十嵐が口を開いた。
「何? 漸く私のテスト勉強に付き合ってくれる気になった?」
 その発想が既に姫じゃない、と俺は思ったが、自分の木箱から何かを漁り始めた三郎を見て指摘するのをやめた。まさか、今からテスト勉強をするなんてことはないはずだ。何を探しているのかが気になった。
「五年ろ組は組合同、徹夜の花札大会ー」
 三郎が取りだしたのは教科書でもなんでもない、花札だった。その花札を高く掲げられ、思わず拍手をしてしまう。明日の授業なんて忘れることにする。
 五十嵐は明るい性格だが、今日の五十嵐は明る過ぎだ。三郎はそれに気付いている。
「今から札配るから、その間に八左ヱ門、水汲んで来い」
 ごめんねー、と五十嵐が滅多に見せない困ったような笑顔を浮かべ、雷蔵がよろしくね、と微笑む。労わってはくれるが、決して立ち上がらない二人。
 ああ、何でいつも俺ってこういう役割なのかな。
 そう思いながら、俺は明るい部屋を後にして暗い井戸へ水を汲みに行った。
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