意地っ張りと不器用とお兄さん

委員会対抗戦の段


 しばらくは医務室で入院するように新野の先生に言い渡された。固定されて動かない腰は不自由だったが、歩くことはできた。私は荷物を取りに行こうと自分の部屋まで歩いていった。
 その際に通りかかる五十嵐の部屋に意識がいくのは当然のことで、部屋から漏れるすすり泣く声が聞こえてしまうのは避けようのないことだった。
 何故か、戸の隙間を僅かに開いていた。もし閉まっていたとしたら、私は戸を開けてまで見ることはなかっただろう。しかし、戸は開いていた。私は息を殺し、僅かな隙間から部屋の中を見た。
 私は覗いてしまったことを後悔した。
 泣いているのは五十嵐だった。しかし、そこにいるのは五十嵐だけではなかった。五十嵐は泣きながらも笑っていて、彼女の前に座る食満先輩も笑っていた。食満先輩は五十嵐の頭を時折ポンポンと叩いていた。
 五十嵐は善法寺先輩と食満先輩と三人でいることが多い。五十嵐は善法寺先輩の妹なんだから仕方がないと思っていた。だから、鉢屋の苛立ちの矛先が、六年は組の先輩方にも向かうのが納得できなかった。
 でも、今なら分かる。
 覗き続けていると、食満先輩がこちらを見てきた。食満先輩が口元に人差し指を当てて、申し訳なさそうな笑顔を浮かべた。
 先輩は私が五十嵐に用事があったのだと思ったのだろう。すぐに五十嵐の方を向いた食満先輩を見ながらそう思った。おそらく、五十嵐に代わって詫びてくれたのだ。しかし、それは逆に不快だった。
 私が一晩かけてできなかったことを、この人は簡単にやってしまった。私だけじゃない。五年生が一瞬たりともなれなかった存在に、この人はなっている。そして、食満先輩はそれを自覚していない。
 私は何も言わず五十嵐の部屋から離れた。
「久々知、荷物取りに来たの? 手伝うよ」
 突然掛けられた声に振り返ると、善法寺先輩が立っていた。


 五十嵐が落ち着いた時、俺の目に留まったのは足だった。
「足のそれは捻挫か? 伊作ほど上手くはないが、巻き直せるぞ」
 お世辞にも上手いとは言えない固定の仕方だった。しかし、五十嵐は曖昧な表情を浮かべた。思わず首を傾げてしまう。
 包帯自体は綺麗だから、新しい物で間違いはないだろう。しかし、不自然にたくさんの皺がよっていた。何度もやり直して巻いたことがすぐに分かった。しかし、最近伊作の手伝いをするようになった五十嵐が、包帯を巻くのにここまで梃子摺るとは思えない。
 そして、この曖昧な反応。
「誰に巻いて貰ったんだ?」
 純粋な興味だった。
「久々知です」
 俺は納得した。久々知はあまり怪我をしない、と伊作が言っていたような気がする。包帯もあまり巻いたことがなかったのだろう。
 しかし、真面目な性格だ。一生懸命巻いたに違いない。先程部屋を覗いたのも、五十嵐の怪我を気にしていたのかもしれない。
 少々不器用だが久々知は良い奴だ。五十嵐もそのことに気付いているのだろう。
「久々知にちゃんとお礼を言ったか」
 そう尋ねてみると、目を逸らされた。分かりやすい。こいつ、礼を言っていないな、とすぐに分かった。感謝はしているのだろう。しかし、礼は言えていない。
「久々知は良い奴だ」
 礼を言いにくい理由は分かった。俺だって、文次郎に礼は言いにくい。"い組嫌いな女装少年"が簡単に礼を言えるとは思えない。
「分かっています。不器用なところがありますが、謙虚で真面目で真摯です」
「それを本人に言ってやれ」
 言いにくい気持ちも理解できなくはなかったが、きっとそこまで言わないと久々知は分からない。
「無理です」
 簡単に無理だとか言う口を抓る。ふぇ、っと声を上げて、恨めしい目で見てくるが気にしない。
「次だ。次の機会があったら、お礼ぐらいはちゃんと言えよ」
 もう今回の件ではなかなか礼を言えないだろう。俺の言葉に、五十嵐はいつもよりも控えめに返事をした。反省はしているらしい。
「それで、先輩は何か御用ですか?」
 五十嵐にそう尋ねられて、俺は漸く用事を思い出した。後ろに置いておいた紙袋を五十嵐の前に置く。
「うちの一年と三年が世話になったからな」
 まさか学園長にあれだけ説教されるとは思わなかった。上手く引率できた久々知と竹谷と五十嵐への詫びに、と買ってきたのだ。
「おぉー、お饅頭。ありがとうございます」
 これは竹谷と久々知の分ですね、と笑う五十嵐に、五年生の和解の日は遠くはないだろうと思った。
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