忍術学園の兄妹

夏休みタソガレドキ潜入の段


 私はなるべく雑渡さんの近くにいることにした。情報はそこに集まる。本当は黒鷲隊の辺りに行きたかったが、行く理由がない。しかし、集まる情報が多すぎる黒鷲隊よりも中央の方が良かったのかもしれない、と思った。私が知りたい情報のやり取りが行われるのは、雑渡さんのいる中央。
 とりあえず、矢羽音も解読できたため、やり取りされる情報はほとんど分かる。
「そんなに陣左のことが気になるの?」
 忍術学園に向かった高坂さんの背が消えるのを見ていると、雑渡さんにそう言われた。
「いつもお世話になっている人に似ているんですよ、少しだけ」
 嘘は言っていない。私が高坂さんに興味があるから中央にいる、と思われているのならば都合が良い。私がそう答えると、雑渡さんは愛想が良い方ではないからね、とぼそりと言った。
 忍術学園に高坂さんが一人で向かったとすれば、心配する必要はない。今日から新学期が始まった忍術学園。高坂さん一人で忍たまを襲うなどということはあり得ない。精々できたとしても情報収集だ。
 それに、忍術学園の先生方や忍たま六年生と五年生が易々と侵入を許すとは思えない。
 心配なのは園田村の乙名の件だ。
 午後からは雑渡さんはオーマガトキの領主を迎えに行くらしい。タソガレドキはあの戦の後、オーマガトキを利用し始めた。おそらく、忍術学園は反タソガレドキ反オーマガトキにつく。忍術学園が総力を挙げれば、タソガレドキも黙ってはいないはずだ
 状況は悪くなるばかりだ。
「私もタソガレドキのやり方は嫌いなんだけどね」
 雑渡さんの消えた陣の中で、唇だけでそう呟く。戦好きといえばドクタケも同じだが、彼らとはまた違う。規模が違うのだ。好きにはなれない。
 ただ、不思議と一人一人の人間は嫌いになれなかった。全ての根源の黄昏甚兵衛でさえも。



 雑渡さんと高坂さんが帰って来た。どうやら、本格的に動き出した忍術学園と園田村を潰しにかかるらしい。
 早速今夜から雑渡さんたち中央の人間が動くようだ。忍術学園は少々のことならば無事だ。しかし、今回タソガレドキ忍者隊が襲撃するのは、忍術学園の外で動いている忍たまたちで、一年生が多いらしい。
 一年は組の良い子たちの顔が真っ先に浮かんだ。
 一年生だけではなく、中には先生方や上級生もいるらしい。そうなると、タソガレドキ側の情報に気付いている可能性も高い。おそらく、忍術学園に援軍を頼むだろう。それと同時に、早急に園田村に向かう必要も出てくる。
 そうなると、人数が割れてしまう。
 私は主要な忍者がほとんど出払ってしまった陣を後にした。道具箱に忍ばせてきた黒衣に着替える。黒い頭巾で顔を覆う。これでタソガレドキ忍者隊と接触しても、武器商人の伊勢であるとは分かるまい。
 私は忍び刀を握り、雑渡さんたちの向かったはずの方向へ走った。 



 先頭をいく忍たまを見つけた。一人は一年生、もう一人はおそらく六年生だ。襲いかかると、六年生が素早く気付いて苦無で応戦してきた。身のこなしは軽やかで、六年間、忍術学園にいただけのことはある、と思った。
 命の危険を感じない程度の実力ではあったが。そもそも、彼には私を殺そうとする意思はない。
 一年生の投げた石が頭にぶつかり、余所見をしたところを一気に追い詰める。ここでこの六年生を片付けて、一年生を追おうと思った。
 丁度その時だった。丁度近づいてくる気配が背後に現れた。動く速さ、気配の消し方から考えても、実力者ではない。
 六年生の腹を力の限り蹴りつけて振り返ると、そこにはどこにでもいそうな小柄な忍者がいた。華奢というよりは骨に肉が付ききっていないような体で、年若いことが窺えた。忍び刀を苦無で受け止めると、忍者の腹を蹴り飛ばす。苦痛の声を上げながらも蹴りを入れようとした足を掴み、忍たまの方へ投げ飛ばした。
 忍たまの腹も忍者の腹も強く蹴った。意識などほとんどないと思っていた。しかし、忍たまは歯を食いしばって忍者を抱きとめていた。忍者の方は意識がほとんどないようだったが、忍たまの方は忍者をしっかりと抱きかかえて私を見上げていた。忍たまの腕が忍者に食い込む。忍者は苦しそうに呻いた。その時にようやく気付いた。
 尊奈門よりも年若い忍たまと、彼と同じくらいかそれよりも若い忍者。大きな黒い釣り眼が私を見上げた。彼は私に危害を加える気はないのだろう。
 ただ、この忍者を見捨てて逃げるようなことは絶対にしない。深く食い込んだ腕がそれを物語っていた。
 そして、それには既視感があった。
「君は……」
 あの時の、戦場で敵味方なく手当てをしていた山伏。忍術学園の忍たまが山伏に扮するのは決して不自然なことではない。ただ、扮するだけなのに関わらず、あれだけ激しい戦いが繰り広げられていた戦場の中、たった一人で包帯を巻くようなことをする理由はない。
「忍術学園の生徒だったのか」
 彼は山伏ではなく忍たまなのだ。彼の仕事は人の命を救うことではない。情報を得て、場合によっては人の命を奪うことだ。
 一体、この忍たまは何のために私の手当てをしたのか。何のために傷ついた人間を助けたのだろうか。何の恩もないはずの人間に、何故。
 後ろから音が聞こえた。どうやら、後発の者たちがやってきたらしい。私は二人を置いて、一旦陣に戻ることにした。
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