真選組総長、最期の仕事
風が吹き抜ける教室の中で、子どもたちの書を捲る音が響いている。子どもたちは索引を引き、必死に私が示した地名を探していた。
子どもたちは皆可愛らしかった。じっと座っていられない子もいるし、言うことを聞けない子もいたが、大抵毎日やってくる。それだけでも嬉しかった。
子どもたちを帰した後、戸締りをして教室になっている部屋を出る時、私は扉を潜る直前で立ち止まった。
「山南さん」
扉の陰から出てきたのは沖田君だった。沖田君は私の顔を見た。
「久しぶりですね」
そう言って微笑んだ。予想はしていた。しかし、こんなに早く見つかるとは思ってもいなかった。
「ここまで辿りつけたのは、あなたの日頃の所業の仕業でィ。目撃者多数でしたぜ。江戸の町の人気者は逃亡も大変ですねィ」
投げやりな声だった。
「何をそう嬉しそうにしているんですかィ?」
しかし、とても幸せ者だと思った。呆れたような沖田君の表情も、少し見ていなかっただけなのに関わらず、懐かしかった。
「俺はあんたの介錯してやる気はさらさらない」
寺子屋を出て田園の中を歩く。まだお昼過ぎで、遠くに子どもたちが遊んでいた。その中で、現実を突き付けるような言葉に、表情は自然と堅くなった。
「ただ、介錯なしで切腹させる気もしやせん」
沖田君は微笑んだ。この人は綺麗に笑う。昔から大好きだった。
「俺は土方さんのように大局を見切れねェ。だから、見ようとも思いやせん」
「逃げてくれやせんか?」
沖田君は綺麗な目をしていた。彼は私のような汚い大人ではない。良くも悪くも子どもなのだ。土方さんが副長に、沖田君が隊長になったのも同じ理由だ。
土方さんは集団の中の個人を見るが、沖田君はまずは人間を見る。
「こう思想も何もない者をどう嫌いになれと言うんだ」
沖田君のその姿勢には、あの男の言葉が重なる。敵となったあの男は、不思議な地球外生物と共に江戸の町を逃げ回っている。
「私は死にたくはありません。少しでも生き長らえたかったので、この道を選びましたから」
沖田君の言う通りにはできなかった。
「私はこの国の、死んで償うという文化が嫌いでした」
死んで償える物などない。償うなら生きなくてはいけない。たとえ、恥を晒しても、死ねば必ず悲しむ人がいる。たとえその悲しみが小さなものだったとしても、私は人を悲しませたくはない。
「ですが、切腹しますよ。私は真選組隊士でしたから」
私は切腹しなくてはいけない。土方さんの持つ監察の力を証明し、幹部として局中法度に従わなければいけない。私に真選組が懸かっているのは理解していた。
私は真選組総長山南敬也だ。私は真選組を動かす力を失ったが、真選組を崩す力を持っている。