大切なことは失ってから気付く


 ふらりと道場に現れ、近藤さんに負けてから近藤さんについていくようになった人だった。土方の野郎と違い、人当たりも良ければ自尊心の強い子どもの扱いも上手かった山南さんを俺が嫌うことはなかった。
「沖田君、行きましょう」
 あの人は俺の手を引いて江戸に向かった。姉上の方を何度も振り返る俺は、少しだけ歩くのが遅くなっていた。あの人は何も言わず、自然に俺の速さに合わせていた。
「沖田君、今日は非番ですか? 公園に遊びに行きたいのですが、一緒に行きませんか?」
 あの人は昔からそう言って俺を公園に連れ出した。子どもと遊ぶあの人は楽しそうで、俺も楽しかった。
 何故、こうなってしまったのだろう。
「土方さん、そんなに山南さんが邪魔ですかィ?」
 山南さんが総長になった時、俺は土方さんにそう尋ねた。土方さんは否定も肯定もしなかった。俺はそれ以上詰め寄ることはしなかった。
 幹部としての立場を失った山南さんだったが、毎日楽しそうにしているように見えた。俺は山南さんを総長にしたことが原因になったとは思ってはいない。ただ、山南さんが真選組に留まろうとする理由の一つをなくしただけだ。伊東鴨太郎がやってきたことも、それと同じだった。
 もし、伊東の存在が直接的な原因ならば、伊東が屯所を出た今になって、山南さんが真選組を抜けようとするはずがない。
 俺や土方さん、近藤さんは山南と関わらなくなってきていた。
「沖田君、お茶菓子を二人分いただきました。食べませんか?」
 姉上が死んだ次の日、屯所で寝ていた俺にそう誘ってくれた山南さん。黙々と茶菓子を食べる俺が喋り出すまで待っていてくれた。
 そんな山南さんに俺は何て言った?
「山南さん、気ィ遣う必要ありやせん。あんたに世話して貰うほど、俺はお高い人ではありやせんからねィ」
 頭の良かった山南さんに、俺は劣等感を持っていた。
「沖田君、違うんです、沖田君……」
 山南さんには追いつけない。山南さんは別の世界に住む人だ。そう思って山南さんを突き放したのは俺だった。俺はそのことに気付かなかった。
 山南さんの必死な声を聞いても気付けなかった。
 一カ月後、俺は荷物を纏め、屯所を走り去っていく山南さんを見て、漸く気付いた。山南さんは今まで一度も俺を馬鹿にしたことはなかった。子ども扱いはしていただろうが、俺のことを侮ったことはなかった。
 蒼白な顔色で手が震えていた。
 俺は自分が犯した過ちにその時漸く気付いた。
「俺たちに止める権利があると思ってやしたんですかィ?」
 土方さんに、何故止めなかったのかと尋ねられた時、俺はそう答えた。俺だけじゃない。土方さんにも近藤さんにも責任がある。
 だから、俺たちに止める権利などはなかった。
「総悟、山南を連れ戻せ」
 土方さんはあっさりとそう言った。
「分かりやした」
 感情を押し殺したような土方の言い方に腹が立った。出来る限り感情を排除して、淡々と返した。
 久しぶりに朝食を規定時間で食べると、屯所を出た。ふらりと市中に出てみれば、ガキが遊んでいた。
 俺に気付いたガキが駆け寄って来た。よく山南と遊んでいる奴らだ。
「沖田さん……私、京に遊びに行っていて……お土産……」
 少女が朝子と書かれた小箱を差し出した。少女は山南にはよく喋るが、基本的には無口な暗い感じのガキだ。
「りんが山南さんと駅で会ったんだって。お仕事かなぁ?」
 少女の隣にいた少年がそう言った。俺はしゃがみこみ、少女に目線を合わすと尋ねた。
「そいつは山南で間違いねェのかィ」
 少女は頷いた。俺は少女に礼を言うと、その場を後にした。
 駅に向かおうと歩いていると、背後から声をかけられた。
「沖田君じゃないか。今日は朝から山南さんに会ったぞ」
 団子屋の亭主だ。山南とよく団子を食べに行っている店だ。
「何処でですかィ?」
 そう尋ねると、亭主はなんだ知らないのか、とでもいうような顔をして答えた。
「駅だよ。奥州行きの特急に乗っていたけど、仕事かい?」
 奥州、その言葉に山南と初めて会った時の記憶が蘇える。
「山南敬也です。奥州出身です。宜しくお願いしますね」
 思えば山南は最初から俺を子どもである前に一人の人間として見ていた。
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