真選組総長脱走
「一緒に江戸に行こう」
近藤さんの背中、隣を歩く土方さん、後ろをついてくる沖田君。あの頃、近藤さんは髪を結いあげていて、土方さんは髪が長くて、沖田君は小さな子どもだった。今思えば、武州の道場にいた時、私は一番幸せだったのかもしれない。
あの小さな手を握って歩いていた日々があったことが信じられない。
私は僅かな私服を纏めて風呂敷に包んだ。それを背負い、最後に刀を差す。
真選組屯所はもう暗い。誰も起きていないだろう。私は月明かりと松明の光だけを頼りにして、屯所の門を潜った。そして、そのまま走った。
周囲は見えなかった。何故かすぐに息が切れた。私はいつの間にか路地に入っていた。路地に座り込み、気持ちを落ち着かせるように、胸に手を当てた。
「山南、こんな時間にどうした?」
見上げると銀色の人がいた。
「銀時」
何故か力が抜けた。銀時は相変わらず死んだ魚のような目をしていたが、黙って私を見ていた。人の話を聞くのが嫌いな銀時が、黙ってこちらを見てくるなんて、私は相当酷い顔をしているのだろう。
「真選組を抜けようと思いまして」
「夜逃げか?」
私は頷いた。そして続けた。
「暗殺されたくはないので」
真選組を抜ける、と言って認められたものの、殺されてきた隊士を私は知っている。土方さんに疎まれている私は確実に暗殺される。
私は構いはしない。ただ、私を暗殺するだろう人のことを想うのは辛かった。
「沖田君には相談したの?」
銀時はいつものような軽い声で尋ねてきた。死んだ魚のような目と、夜風に漂う天然パーマを見ていると、何故か体を縛っていた力が抜けていくような気がした。
「彼の困った顔は見たくないので」
柔らかく笑うと、銀時はあからさまな溜息を吐いた。
「これからどうするつもりか?」
「奥州に下ろうと思っています。教鞭をとって欲しいと言われています」
私は奥州出身だ。
「刀振り回すよりは似合っているかもな」
首を傾け、かったるそうにしている銀時がなかなか目を合わせようとしないのが面白かった。彼は気を遣っている時ほど目を合わせたがらない。
「銀時や神楽ちゃん、新八君やヅラに会えないのは寂しいですが」
再開した銀時やヅラ、よく一緒に遊んでくれた神楽ちゃんや手合わせをした新八君。彼らに会えなくなることは辛かった。
「沖田君のことを宜しくお願いしますね」
大人に囲まれて育った沖田君は、子どもと遊びたいという強い欲求を持っているが、それが故に上手く遊ぶことができない。特に、対等に遊ぶことができるだろう神楽ちゃんには素直になれない。
「これだからイケメンは……」
銀時は呆れ顔で言った。
「銀時もモテているじゃないですか。主に変態に」
「アレは違う。ただのストーカー被害だ」
勘弁してくれよ、というかのような銀時の顔を見て、思わず笑ってしまう。
「では、そろそろ」
夜が明ける前には江戸を出たい。
「達者でやれよ」
銀時の風に馴染む声が流れてきたような気がした。