夜空に暗雲


 万事屋の旦那に何度も頼んだ。山南さんと会う機会を作ってくれないか、と。
「山南はその辺で遊んでるだろ。自分で声掛ければよいんじゃないですかー、総一郎君」
「できねェから頼んでいるんですぜ」
 今さら声をかけるなんてことはできなかった。それも、聞きたいことは伊東のことだ。声をかけて伊東のことを尋ねるなどできるはずがない。
 甘味処から出ると、公園にガキ共と遊んでいる山南さんがいた。綺麗な着物を着て化粧をした山南さんは、未だに俺たちの世界に関わっているとは到底思えなかった。


 夜の見回りと称してぶらぶらと散歩していると、道の向こうに人影が見えた。後姿だけで分かった。
 山南さんだ。それも、男物の着物姿だ。俺の存在に気付いたのか、山南さんは藍色の浴衣を揺らして、ふらりと振り返った。微笑を浮かべて軽く会釈をした山南さんに一気に近づき手首を掴む。
「山南さん、少し話をしやせんか?」
 山南さんは目を丸くして俺を見た。風が吹き、酒の匂いが漂う。
 山南さんは誘われなくては酒を飲まない。心なしか赤い顔のまま、一人でそれも男の姿で歩く。
 山南さんは軽く瞼を閉じると、俺の耳元に囁いた。
「沖田君、伊東参謀には気をつけてね」
 今度は俺が目を丸くする番だった。いつ間にか手首は離れていく。
 山南さんはたった一言、それだけを言ってその場を去ろうとした。ふらふらと揺れながら歩き出すその後ろ姿を見て、俺の頭は漸く回転し始める。
「誰に飲まされたんですかィ? あんた酒に弱いんだろ」
 地を蹴って、細くも太くもないその肩を鷲掴みにする。
「古い友人ですから、安心してください」
「万事屋の旦那以外ですかィ?」
 そう尋ねると、山南さんは一瞬だけ目を丸くして、そしてすぐに微笑んだ。
「銀時ではない人です。銀時だったら、一緒に帰りますからね」
「じゃあ、誰ですかィ」
 詰め寄った。山南さんは視線を逸らしはしなかったが、困ったように首を振った。そしてそのまま後ろに下がることなく、俺の顔を見据えた。
「私はやり残した仕事があります」
 その表情もその目も、山南さんとは思えなかった。俺の知らない表情だった。山南さんは近藤さんを立てていた。土方さんとは意見をぶつけ合い、対立しながらも、最後には山南さんが一歩後ろに下がっていた。だから、知らなかったのかもしれない。
 俺は真選組という組織の中にいる山南さんしか知らなかった。近藤さんについていく俺たちの仲間の山南さんしか知らなかった。
 俺も土方さんも持っていないものを山南さんは持っていた。俺と土方さんが持っていないが、近藤さんや万事屋の旦那の持っているものを持っている。
 これは敵わないな、と俺は諦めた。土方さんには分からないだろうが、俺には敵う相手と敵わない相手の違いくらい分かる。
「ですが、沖田君、私は安全です。私は嵐の外にいます。でも、あなたや近藤さん、そして土方さんは違います。隙のない人ですが、今回ばかりは……勿論、弱音を吐くような方ではないでしょうが」
 山南さんが土方に対して踏み入ったことを言うのは初めてだった。それに驚くと同時に、それ以上に何かが疼くのが酷く気持ちが悪かった。では、と軽く頭を下げて、山南さんはふらりふらりと道を歩いていく。その後ろ姿に、ぽつりと呟く。
「俺があいつのことを気にかけるとでも思っているんですかねィ」
 月も星も見えない空は重かった。


 そしてその翌日、伊東鴨太郎は戻ってきた。
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