動乱の匂い


 伊東が接触していたのはよりによって昔の仲間だった。言っていることややっていることは滅茶苦茶だが、人の真実を射る目を持っている男だった。
 その目は未だ衰えぬらしい。高杉は伊東の本質を見抜いた。しかし、伊東は認めない。
 伊東が急き立て、作戦の話になった。内容は単純だったが、私は引っかかることがあった。それは、高杉率いる鬼兵隊が主要戦力をほとんど出さないことだ。
 伊東を使い捨てにしようとしていることも分かるが、鬼兵隊にとってもう少し戦力を使う価値のある作戦のはずだ。
 裏がある、と私は確信した。
 伊東が兵の配置を書いた紙を受け取ると、高杉の隻眼が私に向けられた。
「それで、山南、てめぇは何しに来た?」
 知り合いですか、と尋ねる伊東に、昔のね、とだけ答える。
「伊東さんの供です」
 微笑を浮かべてそう答えた。すると、高杉は無表情になった。高杉は面倒臭い時に無表情になる。
「山南、てめぇは少し残れ」
 高杉は私に向かってそう言った。そして、万斉を呼びだして言った。
「万斉、伊東を送ってやれ」
 伊東が口を開く前に、万斉が伊東を連れ出す。屋形船には高杉と私だけになった。
「てめぇは近藤を裏切る気はさらさらないだろう」
 高杉はそう言って、煙管に口をつけた。そして、私の顔を窺うように見た。騙せるとは思っていなかったため、動揺はしなかった。
 高杉の人を射る目が健在なのは分かっていた。
「既に裏切りましたよ」
「てめぇはそういう人間じゃねぇ。てめぇが欲しているのは地位でも名誉でもねぇだろ。近藤を裏切って得することなど何一つないはずだ」
 高杉はにやりと笑った。口角だけが上がる高杉特有の笑顔だ。私がもう言い返せないと思ったらしい。
「お忘れですか? 私は北辰一刀流の免許皆伝です」
 私が用意していた回答をあっさりと返すと、高杉は再び無表情になった。私の勝ちだろう。こういうものは、面倒臭くなった方が負けだ。
 しかし、これだけで返す気はないらしい。不機嫌なオーラを纏って煙を吐き出すと、にやりと口元を歪めた。
「銀時のところに居候しているらしいじゃねぇか。できてんのか?」
 銀時が私の本名を知っているように、高杉も知っている。私は口元に広がりそうになる笑みを必死に抑えながら答えた。
 そう、このような高杉らしくない不真面目な質問を待っていたのだ。
「銀時の口説き文句の酷さはあなたもよく知っているでしょう。隣で寝ていても何もありませんよ。少し考えれば分かるでしょう、中二病」
 そう、最近覚えた中二病という言葉を使いたくて仕方がなかったのだ。意味を知った時、高杉に言ってやろうと固く決心したのは記憶に新しい。
「どこでそんな言葉覚えてきた? 銀時か? 言うようになったじゃねぇか」
「銀時のところのお嬢さんですよ」
 私にこの言葉を教えてくれたのは神楽ちゃんだ。因みに、神楽ちゃんは他にもビッチとヘタレと電波の意味も教えてくれた。
「ああ、あのじゃじゃ馬娘か」
 やや憎らしげにそう言ったところが面白くて、ついくすりと笑ってしまった。高杉は睨みつけてきたが、攘夷戦争の時に慣れていたため、全く怖くはなかった。
「可愛いですよ、神楽ちゃんは」
 私は、それでは、とだけ言って屋形船を去った。



 山南はゆらりと船から出て言った。山南は相変わらず頭の回転が速かった。能力だけならば、鬼兵隊に欲しい人材ではある。
「てめぇに比べたらどんな女も可愛いものだろうよ」
 山南は大人の女の小賢しさと男の誇り高さの両方をよく知っている。気に入らないが、嫌いではない。
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