変わり身と知らない人


「山南さん、分かっているな」
 山南さんを見るなり、土方さんはそう言った。山南さんは硬い微笑を浮かべて頷いた。
「総悟、介錯やれよ。すぐだ」
 山南さんが持った刀が腹に到達する前に、首を斬る。確かに、山南さんが一番苦しまずに死ぬことができる方法だ。
「死ね、土方」
 ただし、それは俺がその手で殺さないければいけないと言うことでもある。指示するだけの土方さんに対して、苦々しく吐き捨てる。しかし、土方さんは何とでも言え、とだけ言って煙草をふかした。
 振り返ると、申し訳なさそうに笑う山南さんがいて、不快になった。
「着替えてきますね」
 山南さんは笑った。
「急げよ」
 土方さんはそう言うと、溜息を吐いた。



 浅黄色の衣を着た山南さんはいつもよりも痩せこけて見えた。痩せていると言うよりも華奢だ。
 この場には近藤さんはいない。土方さんが山南さんの帰着を知らせなかった。
 俺は黙って刀を手に取った。山南さんは後片付けが楽になるように、布団の上に座っていた。ちょうどその時だった。
「オイオイ、どうしたんだ? 柚子」
 がらりと襖が開いた。大きな人影とからりと青い空が見えた。
「万事屋、てめぇ、何しに!!」
 土方さんが声を荒らげた。俺はただ茫然とした。旦那が現れた理由が分からなかった。
「てめぇらこそ何してんだ? うちの柚子ちゃんに」
 柚子。知らない女の名前だ。
「こいつは山南敬也だ」
 馬鹿にしたような土方さんの声。しかし、旦那はいつもの飄々とした雰囲気を漂わせながら、確りとした口調で言う。
「いや、山南柚子だよ。山南敬也の双子の妹で田舎から来るから、俺が預かることになってた」
「銀時」
 山南さんの口から出たのは、いつもの落ち着いた低い声ではなく、女のか細い声だった。それも戸惑いと僅かな安心が感じられるような声だった。
 そして旦那が動いた。木刀が山南を斬る。はらり、と斬れたのは山南さんの衣だった。斬り落とされ、肌蹴た衣から覗いたのは、サラシと腰のくびれだった。
 男ではない女の体。
「ほら、こいつは女だろ。女の子、それも何の罪もない一般市民を切腹させるのか? 税金泥棒するだけじゃ飽き足らないってことですか、コノヤロー」
 言われてみれば思い当たることは多数あった。潔癖症だと言って洗濯はコインランドリーに行ってやっていたり、銭湯好きだからと言って、屯所の風呂には姿を現わさなかったりしていた。
「つーことで、柚子ちゃんは俺が連れて帰るから」
 万事屋の旦那を前に、山南も呆然としていた。しかし、すぐに立ち上がって旦那について行く。俯き加減だったが、旦那に抵抗する気もないようだった。
 その姿を見て、やはり山南だと思った。
 山南は自分のことを客観的に見ることができる。
 俺たちが個人的な感情として山南の死を望んでいるわけではないことを理解していて、何よりも自分が死にたくないと思っていることを知っている。そして、旦那に従うことが最善の方法であることも理解していたのだろう。
 そして、あの二人の関係。
「山南に任せておけば大丈夫だ」
 旦那はいつだって山南を全面的に信頼していた。
「万事屋さんは、攘夷志士ではないと思いますよ」
 そして、山南は山崎の根拠のない作文で怒る土方さんをそう言って宥めた。理屈っぽい山南が根拠を言わずにそう言った。
 二人は旧知の仲だったのだろう。
 旦那が戸を開けようとした時、大きな音と共に近藤さんがなだれ込むかのように入って来た。
「山南さん、すまなかった。本当に……」
 近藤さんは涙目だ。近藤さんを見た時、山南さんは目を丸くした。山南さんは困ったように旦那を見た。
「ゴリラ、こいつよく見てみろ。女だ。こいつは山南の妹の柚子だよ」
 旦那は山南の腕を引っ張って自分の近くへ寄せた。何故かそれが酷く腹立たしかった。
「え? あっ、本当だ……」
「こいつらが間違えて連れて来たらしい。俺が預かっておくことになっているから、ストーカーはするなよ、ゴリラ」
 じゃあな、と手を振って旦那と山南さんは出て行った。山南さんは門の外に消える前に、俺たちの方を向いて微笑んだ。申し訳なさそうな幸せそうな笑顔だった。
「本物の山南を探さなければいけないな」
 土方さんも気付いていないはずがない。
「そうですねィ」
 見つかることはないだろう。あの山南は俺たちの知っている山南ではなくなってしまった。
 ふらふらと巡回に出かけると、綺麗な着物着た女性が子どもたちと遊んでいた。少し前まで俺のいた場所には万事屋の二人がいた。
 ふわふわとした笑顔を浮かべ、子どもたちを抱き上げる姿を見て、俺は……

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