「インフルエンザが流行ってるらしいね」


他人事の様に言うナマエ。
寒いこの時期でも元気に笑顔を撒き散らしているナマエにとっては関係のない事かもしれないが、実際、1つ下の学年では2つのクラスが学級閉鎖になっている。ニュースでも隣の中学校が学校閉鎖になったらしい。

周囲がこんな状況でも、俺達の学年では誰かがインフルエンザで学校を休んだ、熱っぽくて保健室へ行った、なんて話は聞いた事がない。


「でもこの学年は凄いね。誰も休んでないよ。年々体が丈夫になるのかな?」

「そうなんじゃねぇの?」


いつも通りに返事が出来ない。ついつい欠伸をしながら返事をしてしまったり、欠伸をしなくても相槌程度が限界だ。
さっきの授業が物凄く眠くなる授業で、他の奴らも俺のように机に突っ伏している。
ナマエは例外として、席に座らず、俺の席の周りをうろうろしている。
そしてフレンも例外で、授業が終わって直ぐに生徒会室へと向かった。


明日は何の授業が振替かな?と呟いて、ナマエは俺に背を向けて、連絡事項の書かれている紙が貼ってある黒板へと歩いて、じゃなくて飛び跳ねながら向かっている。

相変わらず元気だな、とナマエを虚ろな目で見ていると、目を見張るような事が起きた。




「っくしゅん!」

「………………」


ナマエが、飛び跳ねながら、嚔をした。
勿論、床に足は着いていない。

予想外の出来事に眠気が吹き飛んだ俺は、自分以外にこの瞬間を見た奴が居ないかを確かめる為にクラスを見渡した。
だが、あの瞬間を見た人間は居ないようで、誰も頭を上げていない。

再びナマエを見ると、丁度明日の授業の確認が終わったらしく、何事もなかったかのように俺の席の方へ足を進めている。

いやいやいや、ちょっと待て。女なんだから恥じらいを持てよ。あの嚔を誰かが見ていたかもしれない、って不安そうな顔しろよ。


「お前、あの嚔を何とも思わないのか?」

「え、何で?」


意味が分からないとでも言う様な顔をするナマエに呆れる。
額に手をあて、眼を閉じると、あの嚔の映像が頭の中を何度も何度も流れてくる。

初めは呆れていたが、こう何度も何度も流れてくると、次第に口元が緩んでくる。
慌てて片手で押さえても足りなくて、両手で押さえても駄目だった。


「ぷっ、は…あはははは!」

「どこに笑える要素があったの…?」


こてん、と首を傾げる姿にも笑える。原因はナマエだというのに。

腹を抱え、机をバンバンと叩きながら大声で爆笑している俺に、今まで机に突っ伏したままだった奴らが睨んでくる。
起こすな、何があった、とでも言うかの様に。

そんな視線を気にせず、爆笑していると、ある考えが浮かんだ。
今日、保健医のジュディは出張で居ない。という事はジュディ目当てでいつも保健室に通っている奴らも居ない。上手くいけば、今の保健室には誰も居ない。


俺のナマエを見る目はさっき迄とは一変して、悪戯を思いついた子供になった。


俺は立ち上がって、目にも止まらない早さで、何の危機感も無く、無防備なナマエの膝を抱えて横抱きにした。

突然の事に俺の腕の中に居るナマエと俺を睨んでいた奴らは目を見開いて、何も言えずにいた。

それをいい事に、教室のドアを開いて、保健室へ続く廊下を駆ける。



教室を出てから少し経つと、我に返ったナマエが降ろして、離して、と俺を睨み付けて文句を言っているが、効果は無し。頬を僅かに上気させて睨み付けられても効果は無いに決まってる。
それに、降りたかったら暴れてでも降りればいい。
でも、それは出来ない。暴れた際に、廊下に居る誰かに足が当たると危険で、今は暴れてはいないが、他人に当たらないようにしていて、自然とナマエ自ら俺に寄り添う形になっている。

そんな光景を見た廊下で擦れ違った生徒は口元に手をあてたり、目線を逸らしたりしている。




保健室へ到着し、ドアを開けて中へ入ると予想通りに誰も居なかった。
保健室の鍵を内側から閉め、白くて皺の無いベッドへナマエを降ろす。


「ユーリ、遂に頭が壊れた?」

「俺の頭は大丈夫だぜ?寧ろ大変なのはお前だろ」

「私は病気でもなければ、怪我もしていないよ」

「嚔しただろ。今はインフルエンザが流行っているからな、注意した方が良い」


ゆっくりと押し倒してナマエを見下ろすと、いかにも不機嫌そうで、眉間に皺を寄せていた。


「だから病人は黙って寝ろ」

「ちょっ、重……い…」


ナマエの上に伸し掛かる。俺の体重を掛けているから、当然、女のナマエは必死に俺の肩に手を置いて押し返そうとする。
その手を絡め取ってナマエの顔の横に置けば、見る見る顔が赤くなっていった。


「退いて!」

「退いたら逃げるだろ?」

「に、逃げないから退いて!苦し、息が……」


段々と声が擦れていくのを見ると、本当に苦しそうで退いた。
退いたが、ナマエを離す気は微塵も無くて、俺が退いた瞬間に俺に背を向けたナマエを抱き締める。


「あー、助かった…」

「絶対に逃げるなよ」

「で、どうしてユーリまで寝てるの」

「文句あるのかよ」

「あるよ、寝るなら隣のベッドで寝てよ」

「別にいいだろ、1人だと寒い」


ナマエの肩に顔を沈め、抱き締める腕に力を入れると、ナマエはもぞもぞと動いて俺と向き合う形になった。
それでも未だもぞもぞと動くナマエは俺の胸に顔を埋める位置まで動いた。


「1人で暖まろうなんて許さない」

「じゃあ、もっと近寄れよ」




更に密着度が増した俺達は、その後般若を携えたフレンに叩き起こされるまで寝た。

明日、本当にインフルエンザでナマエが学校を休むなんて、今の俺は知らない。





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