まったく、溜め息しか出ない。

こんなにも晴天なのに、
こんなにも風は優しいのに、

気分は憂鬱そのものである。




私が何にそんなに気分を害しているのかというと、まぁいつものことなのだが、
つい三日前に「ナマエ、バチカルへ行こう!」と言われて、「突然何言い出すんですか」と答えたら「旅行だよ、たまにはいいだろ?」と。
いつものことだから「はいはいわかりました準備しておきます」と返事をしたものの、
いつものことだから困ったものだどうにかしてこのご主人様。


と、文句を言いつつも結局逆らうことなどできず、こうして今、私達はバチカルの街並みを見て回っている。

ガイラルディア様は以前はここ、バチカルのファブレ公爵家で使用人をしていたから、慣れたものだ。
かく言う私がバチカルの地に足を踏み入れたのは三度目である。
一度目は、ルークの成人の儀への参加(結局参加してないんだけど)。
二度目はアッシュさんとナタリア様の婚儀。

当然、私が見慣れているグランコクマの街とは随分と違う景色で、隣りを歩くガイラルディア様のことなど気にすることもなくキョロキョロと辺りを見回す。


「ほらナマエ、ここに乗って」

「ここですか?」

「あぁ、上へ行こう」

「…は?」


未だ見慣れぬ土地でガイラルディア様に誘導されるがままの私は、彼の言うようにするしかない。
乗れと言われれば乗る。
上へ行くと言われれば、行くけれど…。

「上へ行く」意味がよく分からずぼんやりとしていると、急にガタンガタンと大きな音が鳴って、足元が緩やかに揺れた。


「わっ…わっ…!」

「はは、これに乗るのは初めてだったかい?」

「…わっ、え…何これ何ですか!」

「バチカル名物、天空滑車だよ」

「てんくうかっしゃ…」


大きな音と揺れに少しばかり慣れてきた頃には天空滑車は停まっており、終着を告げる。
落ち着いて足元にあった視線を正面へ持っていくと、先ほど見ていた景色より少しだけ高度が上がっていた。


「おおー」

「さ、行こうか」


慣れている彼は至っていつも通り。
私の背を軽くポンと押すと、次の目的地を目指した。


「ガイラルディア様」

「何だい?」


新たに現れた住宅街を抜けて、商業街へと入っていったところで、私はガイラルディア様に問いかける。


「今度の旅行の目的はなんですか?」

「うーん……、」

「うーんって…。いつも突発的に旅行に出かけますけど、結局いつも目的はあったじゃないですか。シェリダンへは自鳴琴を作りに。ケテルブルクへはカジノに」

「カジノは君が行きたかっただけだろ?」

「ガイラルディア様も結構楽しんでたじゃないですか」

「まぁ…そうだな、今回の旅行の目的は、まだ秘密にしておくよ」

「えー」


……右手の人差し指を口元に当ててウインクする彼に、少しだけときめいてしまったのはこちらも秘密である。



歩みを進めていると、古くより建てられているような、大きな建物が見えてきた。
厳かな雰囲気さえ感じるその建物に興味が湧いてきたのは言うまでもない。


「ガイラルディア様、あれは?」

「あぁ、闘技場だよ。行ってみるかい?」

「と、闘技場!?…いえ、私、」

「入ったからには戦う、なんて決まりはないから大丈夫さ。戦術をしらない平民だって観覧しに来る。覗くだけならいいだろ?」

「は、はい、それなら…」


ガイラルディア様に促されるがまま、私は闘技場の中へと足を踏み入れた。


闘技場の中には専門ショップが軒を連ねており、これから参戦するのであろう戦士たちが品定めをしている姿が多く見受けられる。
ガイラルディア様が言うように、観覧しに来たらしい平民も自然と居るし、少しだけ安心した。

更に奥へと進むとそこにはエントリーカウンターがあって、受付譲は癒しの笑顔で戦士を迎えている。


「…あ、」


カウンターの直ぐ傍の壁には額縁が飾られており、そこには闘技場参加者の中でも優秀な成績を収めた者の名前が張り出されていた。


「え?…あれ?ルーク・フォン・ファブレ…?」

「あぁ、ルークだ」

「は?カーティス大佐も?…マルクトに留まらず、闘技場でまで…」

「ははっ、旦那は結構楽しんでたぜ?」

「へぇ…ガイラルディア様は参加されなかったんですか?」

「失礼な。ここに名前が載っているだろ?」

「……ガイ・セシル?」


彼が指差した名前を見るも、それは彼の名前ではなかったので、私は首を傾げた。
すると「あぁ、本名でエントリーしてなかったんだ」とひとり呟くと、「でも、これは俺だよ」と改めてそう言った。


闘技場を出ようと再度ショップの建ち並ぶフロアを歩いていると、何かのお店の店員に声をかけられた。


「ねぇちょっと、お兄サン!」

「?」


私達は二人揃って其方を見やる。
声をかけてきたのは、武器を専門に扱うお店の店員のようだった。

……美人である。


「俺かい?」


辺りを軽く見回すも、該当するだろう『お兄サン』はガイラルディア様だけのようだったので、彼は店員に近づきながら自分を指差す。


「そうそう!…あぁ、やっぱり貴方!何年か前に此処の個人戦で優勝した、ガイ・セシルよねぇ?」

「…そうだが、」

「私のこと覚えてないかしら?貴方が試合に出る直前に、貴方の剣を砥いであげたのだけど…!」

「…あぁ!あの時のか!覚えているよ!」


どうやら彼女とガイラルディア様は顔見知りのようだった。

目の前の二人の話は盛り上がるけど、こうなると私は蚊帳の外である(これまたいつもの事だが)。

…しかし、今回は場所が良い。
如何に蚊帳の外にされても、数々の専門ショップに並ぶ品物はどれも珍しいもので、ガイラルディア様がお話に花を咲かせている間に、私はそれらを見学していた。

数十分経った頃に「ナマエ」と呼ばれ、直ぐにガイラルディア様のところへ駆けると、「行こうか」と言われたので素直に「はい」と答える。
そうして私達は闘技場を後にした。



その後、再度商業街の街並みを歩いていると、今度は譜業ショップの前を通り過ぎようとした時だった。


「ガイさん?」

「やぁ、久しぶり!」

「わー、ガイさんだ!全然顔を見せてくれないんですもん、たまにはお店に来てくださいよ!」

「ははっ、今はマルクトの方に住んでいるからね、」


譜業ショップの中から顔を出したのは、可愛い女の子。
ガイラルディア様を見かけたのが余程嬉しかったらしい、やや興奮気味に彼に話しかけていた。

ここでも蚊帳の外にされてしまうわけだが、今回もまぁ問題はない。
二人が話をしている間、私はバチカルの街の風景を楽しむ。
グランコクマは清潔感のあるお洒落な街だが、バチカルも華やかで明るくて、なかなか楽しめそうな街だ。
聳え立つ岸壁の上の方を眺めていると、また「ナマエ」と呼ばれた。
どうやら話は終わったらしい。




その後も歩いていれば話しかけられ、歩いていれば呼び止められ、それの繰り返し。
最初のうちこそ私自身も楽しんでいたものの、こうも彼の足止めをされてしまうとそろそろ嫌気が差してくる(しかも皆女の子だし)。


「ガイラルディア様は、此方でも有名人なんですね」

「そうかい?嘗ては住んでいたからね、顔見知りがいるってだけさ」

「ふーん」

「…ヤキモチ?」

「いえ?私も結構楽しんでるので、問題ないです」

「……」


そう突っぱねてやると、ガイラルディア様はふ、と微笑んで、また視線を前に戻した。


前方には、今度は何やら見覚えのある制服を着た三人の女性が青果店の前で談笑している。


「…あぁ、ファブレ公爵家の使用人さん…?」

「よく覚えていたな」

「えぇ、同業者ですから」


思い出して口にすると、ガイラルディア様は微笑んでそう言った。


「あら?ガイじゃない?」

「久しぶりね、元気にしてた!?」

「ねぇ、いつになったら私とのデートの日がやってくるのかしら?」

「あ、あははは……」


彼女らはガイラルディア様の姿を見つけるなり彼に駆け寄った。
ガイラルディア様の腕に、手に、顔に触れようとするも、彼はそれを後退りするばかり。


「ねぇ、公爵様のところへ戻っていらっしゃいよ」

「そうよ、また楽しくしましょ?」

「ルーク様もお喜びになるわ!」

「い、いや…、はは、」


後退りしながらも笑顔は崩さない。
否定もしない、肯定もしない。
彼女らは楽しそうに彼に言い寄るだけだし、
これまでの足止めを喰らってきたストレスもこれ以上は我慢できそうにない。


「…ガイラルディア様!!」


こめかみがひくひくしているのが分かった。
そんな私は少し大きめの声で彼を呼ぶ。

驚いたのは彼に近づく彼女らと、本人。


「今回バチカルへ赴いた目的はお忘れですか!?素敵な女性方に囲まれて楽しまれるのも結構ですがもう当に昼の時刻を過ぎています!恐れながら先ほどから貴方様の行動には甚だ疑問を感じます!」

一体何がしたいのですか!!!

そう叫びに近い声で言ってやると、
ファブレ公爵家の使用人達はぽかんと大きな口を開けて呆然としているが、
ガイラルディア様だけは、ニンマリと笑った。


「ナマエ」

「何ですか!」

「グランコクマへ帰ろうか」

「………はぁぁ!?」


言うなりガイラルディア様は私の手を握って、港へ向かって駆け出す。
手を引かれている私も当然、港へと向かっているのだが、
今回の旅行での彼の行動には一切の理解も出来ない。


「ガイラルディア様!」

「何だい?」

「一体なんなんですか!何の為にバチカルへ!?」


走りながらそう問いかけると、ガイラルディア様は急に足を止めた。
それに合わせて私も足を止めると、振り返った彼はこう言った。


「君に、ヤキモチ妬かせたくてね。満足したよ」

「……な、」

「サプライズさ。驚いた?顔、真っ赤だけど」

「ば…、馬鹿ですか!?ガイラルディア様は馬鹿ですかー!?」

「はっはっは。…さ、帰ろうか」




まったく、気まぐれ且つ突拍子もないご主人様である。


でもそれが、ガイラルディア様なのだ。





もくてき -with you-
from 『ガルディオス伯爵家の日々』(by "はなのなまえ")

(…さて、次は何処へ行こうか)
(もう次の旅行の話ですか?)
(あぁ、ダアトにするかい?ベルケンドでもいいな)
(どうでもいいですけど、ちゃんとした目的のある旅行にしましょうね)
(本当に失礼な女性だな、君は)


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亜夜様、リクエストくださりありがとうございました!

2012.01.10 こう





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