小説 | ナノ


初音side





遠くの方で、綱吉と京子が楽しそうに話している。
それを見て、私も追いかけて隣に並ぼうとするのに、何故かどう頑張っても2人に近づく事が出来ない。
それどころかどんどんと遠くなって行ってしまって、焦った私は声を張り上げて2人を呼び止める。
ねえ、待って。待ってよ、2人とも。私も行くから、ちょっと待ってよ。すぐに行くから、私も一緒に行きたいよ。
そう声をかけるのに、綱吉たちは全く私に気付く素振りを見せず、どんどん先に行ってしまう。
私はそれが怖くて、もっと声を張り上げる。
お願い、待ってってば! 綱吉、待って!!
そこで、ようやく綱吉だけが振り向いてくれて、それに私はほっとして………次の瞬間、凍りついた。
だって綱吉の目が。あんなに穏やかな笑顔を浮かべているのに、目が。まるで、私を写していなかったから。
その目はきっと京子しか見ていない。そう思った瞬間、心臓が何かに握りつぶされたように強い痛みを感じて。
なんで? だって初音は、ただの友達でしょ?
その先がバージンロードで、いつの間にか2人の姿がウェディングドレスとタキシードになっていて。
そこには私が入る隙なんて、どこにも、一部の隙も、ありはしなかった。



「わああああああああああああああああああああっ!!!!?」

がばっと布団を跳ねのけて体を起こして、ぜえぜえと動悸の激しい胸を押さえながら、今のが夢だったのだと気が付いた。

「…………な、何なの、あの夢………?」

夢だと解っても荒い呼吸は元に戻ることはなくて、私は夢の中と同じように胸に手を当てながら、空いた方の手で、自分の前髪をぐしゃりと掴んだ。
もうやだ。何だこれ。これ以上は1日だって無理。

「綱吉が、恋しぃよぅ……」

泣きそうになりながら、隣と違ってたった1人しかいないこの家で、その縋るような声は響く事なく消えて行った。







「気まずくなっちゃった友達と仲直りする方法?」

桜色のプラスチックの端でブロッコリーをつつきつつ聞き返す京子に、漆塗りのこげ茶の端で煮物のレンコンをつまみながら頷いた。

「誰かと喧嘩しちゃったの?」
「喧嘩、っていうか……私的にちょっと色々あって、そのことどう接すれば良いのか解んなくなっちゃって、その友達も友達で何か私によそよそしくって。でも私自身まだ整理がつけられないから、どうしたら良いのかな、って………」

話しているうちにどんどん語尾が小さくなってしまっている私を、京子は特に何も言わずにふうん? と呟いた。その横で、花は焼きそばパンをもさもさと頬張っている。
結局、あれから綱吉とはろくに話せていない。あんまり気まずいものだから、夕食のときでさえ碌に話さなくなってしまっている。
今までは醤油とって、とか必要最低限の事は話していたけど、最新はそれすらもないから、むしろ状況は悪化していく一方だ。
それに今日だって、自分でお弁当作って奈々さんたちに挨拶もそこそこに綱吉を置いて行ってしまったし。
たまに目が合っても、何をどう言ったら良いのか解らなくて。いつもお互い気まずげに顔を逸らしてしまう。
それにこうして綱吉と屋上でお弁当を食べずに教室で京子たちと一緒する事になってるし、もう一体どうしたら良いのか見当もつかない。相談に乗ってくれている2人に悪いと思って口の中の肉を少し噛んで溜息を堪えていると、ブロッコリーをころころ転がしながら考えていた京子が、あっと声を上げた。

「わかった、ツナ君のことだ」
「んぐっ!」

呑みこもうとしたレンコンがのどに詰まった。
げほげほと咳き込んで、持参した水筒のアイスティーで何とか飲み下して、慌てて背中をさすってくれた京子にお礼を言っていると、花がじゅっとバナナ・オレを呑んで口を開いた。

「何、あんた気づかれてないとでも思ってたの?」

呆れた、という顔を少しも隠そうとしない花の発言に、また仰天する。

「え、え、な、なんの、ことォ?」
「あんたと沢田がぎくしゃくしてるのなんて、クラスの奴らみんな気づいてるわよ」
「えっ!?」

それでも変に声を裏返らせながら誤魔化そうとすると、そんなの無駄だとばかりにズバッと言われた。
まさかそんな、そこまで解り易い態度だったなんて………。って事は、もちろん綱吉も知って…………。

「ちょっと、そんな青い顔しないでよばか」

余程顔色が悪かったのか、花は身を乗り出して私の額をぺちりとはたいた。
その額に手を当てて花を見上げると、花は半分腰を浮かせた状態で、はあ、と大きく溜息をついた。

「最近のあんた、ずっと暗い顔してるんだもの。しかも事あるごとにちらちら沢田に目線送ってるし。前まではおいおいって思うくらい沢田にべったりだったのに、今はどこか沢田に怯えてるみたい」
「怯えてる?」
「そ。沢田がちょっとでもあんたの方に行こうとするとあからさまにびくって肩震わせるんだもん。何もないって思う方が無理あるわよ」
「え、そ、そんなに私解りやすい?」
「「すごく」」

2人揃ってきっぱり言い切られて、ちょっと落ち込んだ。……前の世界では、むしろ本音を隠すのは得意な方だったはずなんだけどなぁ…………。
そんな事を思っていたら、今朝の夢を思い出してちょっぴり憂鬱になった。

「初音ちゃん?」

急に黙り込んだ私に不思議そうな顔をする京子を見て、思い切ってちょっと2人に聞いてみる事にした。

「何ていうか、その、今日変な夢見ちゃって……。それで、その、2人に質問なんだけど…………」
「? うん、何?」

きょとんとした顔の2人に、軽く息を吸い込んで、顔を俯けて視線だけちらちらと2人に向けながら、口を開いた。

「2人とも……私の事、好き?」

そして、沈黙。
数秒間硬直して、何とも言い難いというような顔をして顔を見合わせる2人に慌てて手を前にして横に振った。

「違う違う違うの! 変な意味とかじゃなくって友達! 友達として! どうかなって!!」

言ってから、やっぱり何か気恥ずかしくなって、手を膝に載せて目線を自分のお弁当に集中させる。
京子達が何て答えるのか解らないから、顔が熱くなるのが解りながらじっと待っていると、不意に手で頬を挟まれた。

「むえ?」

その衝撃で変な声を上げながら、行くり顔を上げさせられると目の前に花のアップがあって、目をぱちくりと瞬きする。

「あんたみたいなめんどくさい奴、好きじゃなきゃ一緒になんかいないわよ」

不機嫌そうな顔をした花にむにむにと頬を押されて、頬と口が変な形に歪む。
身を乗り出している花のその後ろでは、京子が何時もの笑顔でにこにこと笑っている。

「だいたい、あんた何かあるとわりとすぐネガティブになるし、何でも知ってるように見えて変なとこで一般常識抜けてるし。何よりよりによって沢田なんかが大好きだし、変なとこにアホ毛あるし」
「…………へっと」

最後の方は、あんまり関係ないんじゃないでしょうか。
頬を押さえられたままの状態で上手く話せないまま呟くと、京子がにこにことしたまま言った。

「大丈夫。私たちが初音ちゃんを好きなように、ツナ君もきっと初音ちゃんの事が大好きだよ」
「あんたが何の夢見たかは知らないけど、あたし等はあんたを大事に思ってるから、こんな七面倒くさい相談なんて受けてんのよ」

すっと手をどけられて、優しく笑っている2人をゆっくりと見る。
2人とも凄いストレートに思いをぶつけてくれて、すごく嬉しかった。

「ところでそのアホ毛取れないの?」
「これは多分生まれつきで。一度抜いても次の日になるとまた違う毛が同じようになるの」
「マジで!?」