今日は厄日だ。 誰が何と言おうと、絶対そう。 上空およそ数百メートルの吊り橋から落下しながら、そんな事を涙目で思った。 こんな事なら、ディーノさんの誘いになんて乗らなきゃ良かった。でも例えそうなったとしても、今こうしていつもの面々が吊り橋から落っこちる事態は変わらなかっただろうし、そうなって綱吉たちをどうにか助けることができる分、まだましだと思う事にする。そうじゃなきゃやってられない。 それによくよく思い返してみれば、原作のコミックにもこんな話があった。ならますます決定事項としてなってしまっていた今日のこの事態に、ほとほと疲れて顔を覆ってため息をついた。 ……さて、いい加減いつまでたっても現実逃避なんてしてられない。 リボーンがいる限り綱吉たちが死ぬようなことはないとは思うものの、こんな状態をいつまでも続けていられる程図太い神経は私にはない。 怖い気持ちを我慢して、眼下に広がる森林をきっと見つめて、自分の背中に向けて、小さくだが銀弾を放った。 途端にぐん、と落下速度が速まってお腹がひゅっとなる感覚に耐えて、命綱のように双優を握りしめる。 「ルリ、ちゃんと掴まっててね!」 【キュウッ!】 「えっ、初音!?」 肩にしがみつくルリに一声かけて、綱吉たちをすり抜けて自分が一番下に位置するようにする。 ぎょっとしたように目を見開く綱吉が視界に映ったけど、今は事情を説明してる暇はない。 なにしろ命の危機なのだ。ここでとちってあっさりあの世行き、なんて冗談じゃない。せめて成人するまでは生きたいです。 その決意を胸に誓って、双優を全開にした状態で、肺一杯に空気を入れて、腹に渾身の力を籠めた。 . . . . . 「大きくなあれ!」 肺に入れた空気を少したりとも無駄にしないように、腹筋に力を入れて声を張り上げる。 言いながら開いた双優を下に振り下ろすと、その声に呼応するかのように、手に持った双優がぐんと大きくなった。 あっという間に4mほどの大きさになったそれに、うまくいった、とほっと小さく息をついた。 この扇は、持ち主の意思と連動してどんな大きさにもなれるらしい。 気合を入れるのはもちろん、今私がこの扇になってほしいと思う形状を声に出すとなおイメージした大きさを反映しやすい。 目論み通り6人乗っても大丈夫なくらいの大きさになった双優の上に、みんなの手を引いて1人1人乗せていく。 「はあ………これで一件落着ね」 「いやー悪い悪い初音。助かったよ」 「助かったよ、じゃないですよ本当にもう。今日はもうディーノさんは活動自重してください」 「う………はい。面目ない」 しょぼーん、と項垂れるディーノさんに、ふんっと鼻を鳴らして腰に手を当ててねめつける。 いつもはここで許すけれど、今回ばかりはそうはいかない。今日のこれは、一歩間違えればみんなして死んでしまっていたかもしれないのだから。 全く、今日という今日はしっかり反省して欲しいものだ。これでも組織を束ねるボスか、この人は。自分のした行動にはきちんと責任を持ってほしい。 「反省してください、ディーノさん。いいですね?」 「はい………」 「………あのさ、初音。それはそこまでにしてさ…」 「駄目よ綱吉。ディーノさんってば、ちょっと甘やかすといつもの調子に戻っちゃうんだから」 「いや、そうじゃなくて。初音、あの………」 「? じゃあ何? ちゃんと言葉にしてもらわないと、私だって解らないわよ」 「だ、だから………上」 「上?」 さっきから青い顔して様子のおかしい綱吉に首を傾げると、びくびくと綱吉が指差した通りそれを追って上を見上げて、びっくりして目を見開いた。 目の前には、ディーノさんに足場となっていた吊り橋を落とされたせいで落下し、今まさに私達が乗っている扇の真上に覆いかぶさろうとしている、水によって巨大化したエンツィオがいた。 ひくり、と顔が引きつるのを感じる。そして、私が唖然としている間にも勢いを増したエンツィオが降ってきて。………私はそれを、何だか隕石みたいだなあ、とか。今度こそ本当に現実逃避していた。 …………もうやだ、泣きたい。 「ほにゃあああああああああ!!!」 結果。私の悲鳴が、無残にも並盛の森中に響き渡る事となった。 ♪ 死ぬかともったけど、何とか降ってきたエンツィオをかわして無事に崖の下の地上に降り立った私達は、色々あって今は薪を集めていた。 下を歩き回ってハルやビアンキ達と合流して、ディーノさんの部下さんたちが見つけてくれやすいようにのろしを上げるためと、日が沈みかけているので暖と明かりを取る為である。 なんだかんだ言って、ディーノさんはこういう時ちゃんと指揮を執ってくれる。 これなら取り敢えず何とかなりそうだな、と、私もようやく安心して肩の力を抜けた。 抜けたんだけど、それにより、今度は綱吉との距離感がギクシャクしたものに戻ってしまったのが、少し落ち込んだ。 ドタバタしてる時はいつもの調子でいられていたけど、一度ひと段落つくと、最近のギクシャクが戻ってきてしまって。 私が何か言おうと悩んでるうちに、あっさりと踵を返して、私を見ずに黙々と薪を集め出してしまった綱吉を見て、何も言えなくなってしまった自分が、すごく情けなかった。 もうこれ以上考えてたらネガティブな事しか頭に残らなそうで、何も考えないようにしながら薪を拾い集めていると、少し遠くにある枝を取ろうとして、同じくそれを拾おうとした綱吉の指に、私の指の甲がほんの少しだけ触れた。 「「っ!!」」 瞬間、どちらともなくばっと手を退けて、綱吉はもう片方の手で覆って、私は自分の背に手を回して、触れられた手を隠した。 「…………ご、ごめん、綱吉」 「ううん。こっちこそ、ごめん………」 顔を俯けて目線だけで綱吉の様子をうかがったけど、綱吉も俯いていて、表情はよく解らなかった。 そのまま何を言って良いのか解らなくて、「じゃあ行くね」とだけ囁くように呟いて、綱吉に背を向けた。 ………なさけ、ない。いつから私は、こんなにも莫迦で臆病になったのだろう。前は、もっと上手く立ち回れてた。人と気まずい雰囲気になったことなんて一度だってなかったし、まして、こんなよく解らない感情にもやもやするなんて………。 「(………なんか、やだな)」 このまま、ずっと綱吉と上手く話せないままなのかな。少し前までは、隠し事なく色んな事を、気兼ねなく話せたのに。………初めてできた、本当の友達なのに。 それに、そうなったら綱吉だってもう私と一緒にいたいなんて思わないだろうし、そうなったら、隼人や山本くんとばっかり話すようになってそしたら私は教室では花と京子辺りとばっかり話すようになって、京子はたまに綱吉たちのどんちゃん騒ぎに呼ばれて、私は段々何にも呼ばれなくなって。 それで、花と同じように、遠くで何かが起きてるのをぼんやり見つめているだけになって、それで10年後くらいに思い出したように京子と綱吉から結婚式の招待状なり私たち結婚しました的な念願状が届いたり、とか。して……………。 「(嫌だなあ…………)」 そんなの嫌だ。怖いし、とても恐ろしい。綱吉かエア話されたら、私はもう恐ろしくて、立っている事すらままならない。草耶さんのいた証もお墓もない、桜龍寺家の存在もない、お母様も伊咲も美咲も茉咲すらいない世界で、ここが家庭教師ヒットマンREBORN!!の世界だという確かな証拠は、綱吉の傍にしかないのに。 綱吉が私の傍からいなくなってしまったら、私はどうすればいいの。何処を、誰を拠り所にすれば良いの……? そんなの、何もない真っ暗闇に1人で放り出されることに等しい。 「どうした? 初音」 不意に、目の前ににゅっと手が現れて、私は意識の底から引き上げられた。 はっとして顔を上げると、不思議そうな顔をしたディーノさんの眼と視線がかち合った。 「もう薪はいいぞ。これから組み立てて火をつけるからな、持ってやるよ」 ディーノさんはその鳶色の目を柔和に細めてそう言うと、私の脇に挟んであった薪を取り上げる。 それを意識をしっかり覚醒させきれないままぼんやりと見送って、薪を抱え直したディーノさんに戻るぞと声を掛けられて、慌ててその後を追った。 さっきの洞窟の前に戻るともうみんな戻っていて、山本くん達は薪を組み立て始めていた。 「あっ、初音ちゃん!」 綱吉の腕にべったりとくっついていたハルが、私に気付くなり手を腕ごと大きくぶんぶんと振ってくる。そう大きな声を掛けられては、彼女に目を合わせざるを得なくなって、ハルの方を向いて小さく手を振る。その際に隣りにいる綱吉とも目があったけど、合った瞬間にフイと顔ごと逸らされて、また悲しくなった。 どうしたら良いんだろう。友達と喧嘩………というか、こんな気まずくなった事なんてなかったから、どうすれば元に戻れるのか皆目見当もつかない。 小指に嵌められた指輪を見つめても、ただ鈍く光るだけだった。 → ← |