小説 | ナノ


雪と聖夜とクリスマス





私の人生は今、間違いなく最高潮を迎えていると思う。
浮き立った心地のままで、イエス・キリストの生誕祭に刻々と近づいているのをカレンダーで確認して、その日が近づくたびに過ぎた日を赤でマルをつけながら、気が付くとにまにまと緩んでしまう顔のまま、最近はずっとそんな事を考えてしまっている私である。

「だあってさぁー、綱吉がだよ? あの自分からなかなか素直になってくれない綱吉が、ついに私にデレてくれたんだよ? これはもう、有頂天になるのもしょーがないよー!」

クリーム色の毛糸を編み棒で編みながらへらへら笑う私に、向かいの京子は嬉しそうに笑って頷いてくれて、反対にその隣の花は心底呆れた、と言わんばかりに頬杖をついて溜息をついた。

「それで、気たるべきクリスマスイブの為に作ってるのがそれ?」
「うん、カーディガン」

今のところ、8割方完成、といったところだ。クリーム色の肌触りの良い毛糸をベースに、こげ茶の毛糸のラインを入れた、フードつきのカーディガン。ちなみに、材料である毛糸は以前綱吉の誕生日プレゼントを買う時にお世話になったsnow*flowerで買った。
私がこれを作ると言った時から付き合ってもないのにそんなの重いと苦言を呈していた花だったけど、それでも最近寒いとよく言うファッションに無頓着な飴色の大事な人を思うと、既製品じゃなくて、手製でちゃんと綱吉によく合ったのを作りたくなってしまったのだからしょうがない。
きっしょぉ、とげんなり顔で言う花の言葉はまるっと無視して、私が楽しみなんだから良いんだもーんと笑い飛ばしてみせた。

「そんな事言うと、花にはクリスマスプレゼントあげないよー」
「いやぁよ。今月のわたしの一番の楽しみなんだから」

春先に誕プレ貰った時から、あんたになんかもらえるのずっと楽しみにしてんだから、とにんまりする花に、現金な奴めと苦笑する。
もちろんちゃんとあんたにも用意してるわよ、と笑う花に、楽しみにしてると言っておく。ついでのように言われたけど、それでも面倒見が良くて律儀な花の事だから、言葉には出さなくても自分なりに一生懸命選んでくれてるんだろうなって事くらいは、この10カ月近く一緒にいたからよく知ってる。
私もそれに見合うように、今花たちにも、綱吉のと同時進行で作ってるんだから。
花のが色違い柄違いの文庫サイズのブックカバー5種で、最近凝ったお茶を飲むのが趣味だという京子にはティーポットカバーとコースター。どちらもフェルトじゃなくて毛糸で編んでいる。フェルトでも可愛くできるけど、毛糸の方が繊細な模様付けが出来るし、見た目も可愛いし、それに出来た後の達成感も強い。程よい疲労感の後に、渡した時の相手の顔を思うと、じんわりとした感慨が胸を締め付けて、何とも言えない心地になる。
それに、隼人や山本くん、奈々さんや沢田家に住んでる人たち、それに恭弥たち風紀委員の皆さんにも。流石に全部手編みの何かとかは贈れないけど、手ずから作り出したものをそれぞれあげるつもりだ。
向こうでは、贈る相手なんて草耶さんや使用人の三姉妹くらいしかいなかったから、たくさんの人に贈る事を考えると、すごく楽しい。
こんなに大勢の一緒にいて楽しい人たちの為に何かを作れる私は、間違いなく、今人生の絶頂期にいると思うんだ。

「はー……ふふ、楽しみだなぁ」
「はいはい。あんたは本当に沢田が大好きねぇ」
「それもあるけど、それだけじゃないよ、花」

編みかけのカーディガンをかけた編み棒を握って、しまりのない顔で笑う。だって今がこんなに楽しいんだから、少しくらい、浮かれたって罰は当たらないと思うのです。

「…………にしても。あんたさあ、そろそろ沢田とどうにかなろうとか考えないの?」
「どうにかって……どういう風に?」

よく意味が解らなくて首をひねると、花はさも呆れたという風にやれやれと首を振る。

「どういうって、だから、告ったりとかしないわけ?」
「何を?」
「はあっ!?」

途端にバンッと強く机を叩いて立ち上がって仰天したように叫んだ花に、むしろこっちがびっくりして肩を含ませてこわごわと花を見上げる。

「えっと……。花、何で怒ってるの?」
「怒ってない! ただ、あんたのあんまりにもあんまりな鈍感さ加減にうんざりしただけ!」

………いや、どっからどう見ても怒ってるじゃん。
そう思うものの、花のあまりの剣幕に、何も言えずに縮こまるしかできない。……今何かを言ったら、確実に花の怒りを買ってお説教タイムに突入する気がする。

「…………う、花は、私が今のままでいるのが反対なの?」
「そうよ。一言言っちゃえば良いだけなのに、何で言わないのよ、馬鹿ね」

腕を組んでふんと鼻を鳴らす花であるけど、私には彼女が怒っている理由がいまいちよく解らない。
綱吉と仲直りも出来て、夢だった仲の良い同性の友達もいて、対等な異性の友達もいて、年上の学校での知り合いもいる。
そういう、昔の私からしたら何よりも満ち満ちているこの状況で、一体何を言えと、花は言うんだろう。

「私、今が一番楽しくて、幸せだよ。今でも反動で何かありそうで怖いくらいなのに、これ以上なんて、何を望めばいいのか解らないよ、花」

遺憾だとばかりに肩をいからせる花に肩を竦めて、眉を下げて笑う。
私は本当に、今のこの時だけが続けばそれで良いって思っているのに、花があんまり納得いかなそうな顔をするものだから、どうしたら良いか解らずに、少し困ってしまう。
そう言うと、花はむっとした顔をしたままはあと息をついて、とりあえずは席についてくれた。

「…………納得は、あんまりいってないけど……あんたが満足しているなら、今は取り敢えずそれで良いわ。初音」

頬杖をついて、それでも自分は不満なのだと前面に出してくる花に、素直に嬉しくて感情に逆らう事なく顔を綻ばせる。

「うん。ありがとう、花。24日は綱吉の家でパーティーする予定だから、良かったら花も来てね。おっきなホールケーキを焼いて待ってるからさ」
「……嫌よ。あんたはともかく、沢田みたいな騒動の中心にいる奴と密接に関わりたくなんてないわ」
「あはは。花はつれないなあ」

へらへらと笑いながら、その言葉通り花はきっとパーティーには来ないんだろうなぁと思う。
それでもまあ、花はなんだかんだで私との仲を大事にしてくれている。
そんな事も含めて全部。私の人生は、やっぱり最高潮を迎えていると思うのだ。











雪の日は、あまり好きじゃない。
普通の天気の時でさえ寒いというのに、これが降ってしまうと、輪をかけて寒くなって、手がかじかんで物が上手く持てないし、カチカチと歯が鳴ってしまいそうになってしまう。
公園で眠ってしまっているうちに、まさか雪が降ってしまうなんて。
こうして考えているうちにも刻々と降ってくる雪を眺めながら、ぼんやりと反省した。

ああ、寒い。
寒くて寒くて、起き上がりたいのに、あまりに寒くて、起きる事すらままならない。
それに、うちに帰ったとしても、どうせ寒い。
家は、きっと今は母がいる。母の友人を招いて、あの人らしい、お金を沢山使ったパーティーを催しているのだろう。
そこに、わたしはいては邪魔だ。だからきっと、そこへ行っても、母は良い顔をしない。帰ったとしても、暖房のない自分の部屋でずっと縮こまっていなければいけないだろうから。結局何処にいても、寒いのは変わらない。

「……………は」

ほう。吐息を吐くと、白いもやが空に舞う。
それを、何となく綺麗だなぁと思いながら、このままここに居たら体を壊すと解っていながら、それでも動く気力が湧かなくて、わたしはそのまま目を閉じた。
そうして、自分の世界が真っ黒に塗りつぶされて、ふっている雪が、音を吸収して、まるで知らない所にどんどん落ちていってしまう心地がして、そして―――――

「こんにちは。雪の妖精さん?」

酷く場違いな、ぽうと灯った火のような明るい声に、揺り起こされた。

「…………………」
「あっ。良かった、ちゃんと生きてた。一応脈を確認したんだけど、ぴくりとも動かないから、ちょっと心配してたのよ」

ぱち、と目を開くと、頭上でわたしに覆いかぶさるように顔を覗き込んでいた少女は、にこりと、雪のような長い髪を揺らして笑った。
その顔は、わたしから見て上下さかさまで、垂れたサイドの髪が、頬に当たってくすぐったい。
身じろぐと、それを察したのか、わたしより1つほど年上そうな少女は、ああ、ごめんなさいと言って体を起こした。

「くすぐったかったね。それとごめんね、いきなり話し掛けて。ここは、私の家と商店街の通り道なんだけど、そこに雪に埋まってる女の子が見えたから、びっくりしちゃって、思わず来ちゃったの。最初は見間違いかとも思ったんだけど……大丈夫?」

本当に心配そうな顔をして、少女は、恐らくつい数分前に見かけただけのわたしの顔を覗き込んでくる。
それに、寒さで戦慄く唇を辛うじて動かして、掠れきった声で大丈夫とだけ言った。そうすると少女は少し困った風に笑って、そんな声で言われても信憑性がないよと言って、ぽんぽんとわたしの肩のあたりを叩いた。
その音が妙に分厚く聞こえて、セーラー服しか着ていないはずなのにと思うと、ふと自分の体を見てみると、そこには丈の長いダウンジャケットが掛けられているのに気付いた。はっとして改めて少女の方に目を向けると、彼女は厚めのセーターを着ているものの、マフラーを巻いているだけで、この真冬の中、上着を何一つ着ていなかった。
考えるまでもなく。この掛けられているジャケットは、彼女の物だった。

「ぁ…………ごめん、なさい。返す」
「えっ!? やだ駄目だよ、風邪引いちゃうでじょ!」

なかなか力の入らない体をぎこちなく起き上がらせて掛けられているジャケットに手を掛けると、丁度わたしの背後にいる形になった少女に慌てて止めに入られた。
それで、さっきまで頭が冷たくなかったのは、彼女が自分の膝にわたしの頭を乗せてくれていたのだと解った。

「だめ……返す……」
「それこそ駄目だからっ! 私は体が丈夫……と言えばそうでもないけどちょっと寒いくらい平気だからっ。ずっと雪の中にいた貴女の方が心配!」

寒さのせいで震える手でジャケットを肩から外そうとすると、ぐっと強い力でそれを押し止められた。それに少しむっとして不満げな目を向けると、雪のような外見の少女は、わたしよりもなぜかもっとむっとした顔で絶対駄目だと言い切った。

「……あなたには、関係ないから」
「いいえ、大有りよ。だって私、ほっとけないって思ったんだもん。貴女の事が、放っておけないから、ここに居ようって思ったの。思ったからには、貴女に風邪なんて引かせられない」

掠れ声で言う私に、少女は、ぐいと私の肩を掴んでそう言った。
強い声だと思った。わたしと違った、強い意思のある言葉だと。
そうして、それに気を取られて手の動きを止めたわたしを抵抗する気を失くしたと思ったのか、少女は嬉しそうに笑ってぷちぷちとじぇけっとのボタンを留めに入った。
そうする前は雪みたいな冷たそうと思ったのに、彼女が笑うと、まるでぱっとランプをつけたように暖かそうな雰囲気になった。
あっという間に全部止められたボタンを見て、彼女に目を向ける。目の前に座った少女は、冷え切ったわたしの頬をあったかい両の掌で包み込んで、にっこりとまた笑った。

「これでよし、っと。もう暗いから、女の子はもう帰りなさい。それはあげるから、帰ったらお風呂で温まってちゃんと寝ないと駄目だよ? じゃないと風邪を引いちゃうんだから」
「…………貴女は」
「私は、これから家へ帰るけど……あ、送っていった方が良いかな」

見知ったばかりのわたしに対して真剣に悩み始めた彼女に小さく首を横に振る。
そんな必要は全くないし、そこまでしてもらう理由も、やっぱりあるとは思えない。それに、家にいる母に、彼女が何か心無い事を言われてしまうと思うと、それはすごく嫌だった。

「…………でも、やっぱり心配だし」
「本当に大丈夫。わたしの家は黒曜の方だから、もうそんなに遠くない。心配しなくても、もう公園で眠ったりしない」

眉を下げる彼女にもう一度首を振ってそう言うと、そっか、とやっぱり少しだけ納得のいかなそうな顔をして、彼女はしぶしぶ頷いた。

「それじゃあ、気を付けてね」
「うん。……………あ、名前」
「え?」
「……あなたの、名前」

きょとんとする少女にそう言うと、彼女は少し嬉しそうに破顔して、えっとね、と言った。

「私の名前は、初音。桜龍寺初音。貴女は?」
「………凪。夕凪の、凪」
「そう。なぎ、素敵な良い名前だね」

名乗ると、少女は嬉しそうにわたしの名前を繰り返して笑う。それを見ながら、わたしも、彼女の名前を、ゆっくりと復唱した。
初音。桜龍寺、初音。目の前の、雪みたいな少女の、名前。心の中で繰り返していると、少しだけ、胸の奥が温かくなった。

「………ばいばい、初音」
「うん。ばいばい、凪、また会おうね」

手を振って、彼女に背を向けると、初音も同じように手を振り返して、わたしの方を向きながら、反対の方向に歩いて行った。
………初音。また会おうねって、行ってた。
さっきの初音の言葉を思い出して、少しだけ頬を緩める。
また会おうね。…………いい言葉。
心の中で繰り返してみると、本当に、彼女にまた会える気がした。






雪と聖夜とクリスマス
(あ、初音おかえりー、もうパーティ始まって……ってどうしたんだよ、超が付く寒がりのくせに上着なしでお菓子買いに行ったの!?)(かっこつけたかったの……)(は!?)(だって、すっごい可愛い女の子だったから、かっこつけたかったんだもん!!)(お前何言ってんの?)







あ、後半でてきた子は後にパイナップルヘアーになってしまう例のあの子です。出したのは私の趣味8割と、今後の伏線2割って感じです。







2014.5.25 更新